みやざきの味と花101ロゴ 御船出だんご
 
 

●ほんのりと甘い銘菓
 伝説では神武天皇が大和へ向けて出港したという日向市美々津に八朔(さく)=旧暦8月1日=の行事「おきよ祭り」が残る。その祭りで作られるのが「御船出だんご」。
 もともと美々津港は、九州山地から日向灘に注ぐ耳川の河口港で、山産物の集積港として栄えた。言い伝えによると、たこを岬の上空に揚げ、風の方向を測っていた神武天皇は、8月朔日の早朝、急に条件が整ったとして、出航することになった。町の人たちはその動きを察して、「おきよ」「おきよ」と声を掛け合い、見送りの準備をしたという。
 お祝いの団子を用意していたが、急の出立で間に合わず、米の粉と小豆、それに塩を混ぜて蒸し、これをつき混ぜて差し上げたといわれる。長旅の食糧としてとっさに生まれた機転のアイデアかもしれない。
 この心配りは今も随所に残っている。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定され、しっとりとしたたたずまいを見せる町並み、るり色の空とコバルト色の海にはぐくまれ、県指定天然記念物にもなっている権現崎の照葉樹林。
 権現崎といえば、若山牧水は「海よかげれ水平線の黝(くろ)みより雲よいで来て海わたれかし」と歌い、随筆「耳川美々津」や第六歌集「みなかみ」などで美々津を激賞している。その友人・北原白秋も1940(昭和15)年、大和に向かって出立する一行を交声曲詩編「海道東征」として美々津を歌っている。
 神話・伝説、豊かな自然を背景にはぐくまれた銘菓「御船出だんご」は美々津の土産品として売られる。作り方はまず、ゆで小豆と米の粉、黒砂糖、塩を合わせ、小豆の煮汁でこねる。次に直径3センチの円柱形にして蒸し、これを1センチ幅に切って食べる。ほんのりと甘く、歯ごたえのあるひなびた菓子である(志賀リツ)。宮崎から美々津に入る国道10号線沿いに店がある。
黒木 淳吉
メモ
 「海道東征」の長詩で美々津を歌った北原白秋は後年、再び美々津を訪れた。すでに目を患い、黒い眼鏡を掛けて夫人、令息をはじめ、弟子で宮内庁御用掛だった歌人・木俣修(故人)などを連れていた。木俣修は白秋がこの日向の旅が最後の旅になることを知っていたらしい。木俣によると、長詩を朗読したところ、「宿についた白秋は不思議なほど喜んでいた」という。





御船出だんごの写真
ほんのりとした甘さが
郷愁を誘う

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