みやざきの味と花101ロゴ 宮崎うどん
 
 

●濃いイリコだし好評
 「宮崎は、うどん屋の多い町ですね」と、県外から訪れた人がよく言う。確かにその通りで、国道10号を走っても、何百メートルかおきに必ず、うどん屋の看板やのぼりが目につく。
 荒武直文著「幻の町」は、昭和一けた時代の宮崎市の風景を克明に書いた名エッセーだが、その中にもうどん屋の描写が出てくる。
 「真向かいの大盛うどん屋の開けはなされた店先から白い湯気が立ちこめて、うどん特有の匂いが道路に拡がり、腹の虫が目覚め、生唾が口中にわいてくる。『たまらん匂い、うめえ匂いに目がまわる』『本当だ、本当だ』、めいめいが嘆きの声をあげる」
 うどんのにおいが伝わってくるようである。子供のころ、親がうどん屋に連れて行くと言うと、うれしくて、「わあぃ」と手を挙げて喜んだものである。
 1964(昭和39)年11月、NHKの連続テレビ小説「たまゆら」の執筆のために宮崎を訪れたノーベル賞作家の川端康成も、うどんが好きだった。高千穂に行った帰りに、遅い昼食となった。川端は「うどんを食べましょう」と言った。案内したのは現在の宮交シティの近くにあった豊吉うどん、通称三角茶屋である。
 土間に粗末なテーブルと長いすが並んでいて、天井からはススが落ちてきそうな店だった。川端は25円のてんぷらうどんを注文した。出てきたうどんを見て、「おや、これはてんぷらではありませんね。薩摩揚げですね」と言った。
 「宮崎では、それをてんぷらと言うのです」と答えると、「フッフッ」と笑って、一口食べ、「おいしい、昔のうどんの味ですね」とほめた。濃いイリコのだしが気に入ったようだった。
 檀一雄や戸塚文子(あやこ)、永六輔をはじめ、昔も今も宮崎のうどんファンは多い。値段の安いことにも、一様にびっくりしていた。
渡辺 綱纜
メモ
 川端康成が訪れた豊吉うどんの味を伝える吉長うどんや百才豊吉うどんは、今も人気を集めている。巨人軍の長嶋茂雄監督や劇団四季の浅利慶太代表が推奨するのは、重乃井の釜あげうどん。しにせの大盛うどんは、宮崎独特のしょうゆ味で焼酎にも合う。ほかに有名店も多く、宮崎うどんを甲州名物の「ほうとう」や、秋田の歴史探訪「稲庭うどん」のように全国版にしたい。





宮崎うどんの写真
宮崎にはうまいうどん屋
が多い(宮崎市)

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