みやざきの味と花101ロゴ あくまき
 
 

●保存がきく「携帯食」
 宮崎県内では旧薩摩藩領の北諸県地方を中心に作られていた。1940年代の食糧難のときに保存がきくところから、携帯食の役割もあって県内一円に普及したとされる。
 1年を通じて作られるが、特に5月の端午の節句のお祝いとして重宝される。お供えや進物用にはショウブとヨモギの葉を刺して厄払いの印とした。
 作り方はまず、もち米を洗って、一晩あく汁につけておく。あくは、ユスやカシのような堅木を燃やした灰で作るのがよい。木炭の灰でもよい。大きなふきんを広げて灰を乗せ、上から湯を少しずつかけると、下の容器に透明な褐色の汁が落ちてたまる。これが灰汁(あく)である。
 次に、あく汁を十分に含んだもち米の水気を切り、水につけて柔らかくした竹の皮に入れて包む。形を整えて、わらまたは竹の皮で結び、帯状に3ヵ所しばる。これをかまに並べ、湯をたっぷり入れて4時間ぐらい煮る。きれいに仕上げるため、湯にもあく汁を入れる。米粒が、あめ色にとろけるように煮えたときが出来上がり。もち米が膨れて、はちきれそうになる。最後に竹の皮を開き、糸で食べやすい厚さに切り、きなこ、黒砂糖、はちみつなどをかけて食べる。
 小林市周辺では小豆入りの「小豆あくまき」も作られる。もち米に固ゆでの小豆を加えて作る。彩りがきれいで、小豆のこくがあっておいしい。
 あくまきの由来は、「島津義弘公が関ケ原の戦いに持参した兵糧」という説と「農家の田植え期の保存食」という二つがある。宮崎には西南の役の際、西郷隆盛のためにどこの村でもあくまきを作って納めたという伝承を作家の森崎和江さんが書いている。日向、北川、南郷村、椎葉、西米良など西郷の率いる薩摩軍が通ったところには今も、「あくまき食文化」が残っている。
森 松平
メモ
 普通の料理ではあく抜きに気を使うものだが、あくまきは反対にあくを加えていくことでうま味を引き出す。あくまきがもち状になるのは、もち米のでんぷん質に水を加えて熱すると、でんぷんは水を含んだ海綿のように膨張するからだ。保存食になるのは、あくのアルカリ性による殺菌力と加熱による減菌のほか、あくまき自体きわめて気密性を保った缶詰のようなものだからである。





あくまきの写真
あくを加えて
独特の味が生まれる

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