みやざきの味と花101ロゴ 釜いり茶
 
 

●焼き畑の山茶を珍重
 宮崎の茶のことは、小川喜八郎氏と谷山信之氏の共著「みやぎき食物誌」に詳しい。宮崎の茶が古くから栽培されていたことがよく分かる。江戸時代に記された「三国名勝図会」の物産の項には、都城茶について次の記述があり、昔から都城が茶の名産地であることを紹介している。
 「蒸茶、凡茶は、海を距(へだた)ること遠くして、雲霧深き処を良とす。当邑(都城)は霧島山の大麓にして、渓谷多く、雲霧常に深く、古来、当邑は霧海ともいう。故に茶の品上好なり。本藩の内、煎茶は都城、吉松、阿久根の三所を上とす。其内当邑を以って最上とす。都城茶と稱して上下となく賞玩せざる者なし」
 都城のお茶がおいしいのは、一つは霧島山の湧水(ゆうすい)のせいでもある。もともと茶の湯では、必ず井戸水か自然の湧水を使う。十分に沸騰させた自然水を50度から60度に冷やして、茶葉を入れるのが一番おいしい飲み方だと言われている。アミノ酸のうま味が溶け出て、最高の風味が味わえるのだ。
 宮崎の茶は玉露、せん茶、釜(かま)いり茶があり、釜いり茶は宮崎独特のものである。都城や児湯地方の一番茶が市場に出回るのは4月下旬。一番茶はアミノ酸が多いことから、全国的に人気がある。茶の生産量は九州では、鹿児島が圧倒的で55%を占める。宮崎は2位で10%強であるが、品質のよさで確実な販売ルートを持っている。
 太平洋戦争当時、茶園は他の農作物栽培に転換されて、山間部では焼き畑に自生する山茶を利用した。米良、椎葉、諸塚、五ヶ瀬地方の山茶が珍重され、戦後多くの茶園が復活するまでは、この山茶が釜いり茶の主流を占めていた。
 作家の檀一雄は「日向の山茶に勝るものなし」と言って愛飲し、晩年ポルトガルに住んだときも、わざわざ五ヶ瀬の釜いり茶を取り寄せていたほどである。
渡辺 綱纜
メモ
 日本人は食事ごとのお茶だけでなく、日に何回かお茶の時間がある。実はこれが健康の秘けつで、ビタミン、ミネラル、カフェインなどの保健成分を吸収している。ビタミンCの効用はよく知られているが、カフェインは中枢神経を刺激して精神活動を活発にし、渋味の原因であるタンニンも、体内の水銀や塩化第2鉄と結合して排せつする作用がある。このほか、脂肪の酸化も防いでいる。





茶園の写真
まばゆいほどの緑に囲まれた
茶園

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