みやざきの味と花101ロゴ 都農アジ
 
 

●刺し身、塩焼き格別
 「都農のアジは日本一と仲買人から言われてきました」と語るのは都農漁協参事の黒木政次さん。マアジには瀬付き群で美味な少数のキアジと、大量にいる沖合群のクロアジの2系統がある。都農町の沖合で漁師が釣り上げるのはシロアジあるいはキンアジと呼ばれ、前者に属する。
 重さは500〜600グラムくらい。最近は大分県の関アジが有名だが、それよりもおいしいと黒木さんは言う。都農町のシロアジは絞められたり、活魚として出荷されている。
 明治時代初めに編さんされた「日向地誌」では、川北村(現在の都農町川北)の物産の項に、アジ20万尾と記されている。都農町はもともとアジの水揚げは多かったのである。1935(昭和10)年の主な魚の漁穫量をみても、トップがイワシの34,000貫で、2位がアジの18,750貫となっている。
 ところが、都農町から川南の海底は沖まで砂に覆われ、魚礁となる場所が少なかった。もちろん、天然の魚礁がないわけではなかったが、計器のないころは、広い海で数少ない海の底にある魚礁の上に船をこぎ寄せるのは相当な勘と経験を要したという。こうしたこともあって漁師たちは人工的に魚礁を造ることを考えついた。
 1914(大正3)年には下浜青年会が3ヵ所に古船を沈め、26(昭和元)年には廃船8隻を沈めたという。当時は古くなった船にヌカを入れたカマスを積み込み、松の枝で船全体を小やぶに見えるように擬装し、針金やロープでくくり、海底で船体が朽ちても四散しないようにしていたという。
 こうした人々の工夫と努力が「都農アジ」を育ててきた。食べ方は刺し身が一番おいしいが、塩焼きもうまい。しかし、残念なことに関アジにも勝る「都農アジ」も、最近はめっきり漁獲量が減っている。
若山 浩章
メモ
 アジを釣るには漁具が必要。合成繊維がなかったころは、テグスはすべて天然素材だった。当時はテグスによって太さも違うし、同じ1本のテグスでも前後で径が違っているという状態だった。下浜の漁師はこのテグスを何回も細い穴に通して、テグスの太さを均質にしたという。当時としては非常に高度な技術だった。日本一のアジを釣る漁師の腕も日本一ということだったのだろう。





都農アジの刺し身の写真
うまさでは折り紙付き。
刺し身の味は格別

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