みやざきの味と花101ロゴ 高岡文旦
 
 

●汁気豊富でまろやか
 高岡町は1600(慶長5)年、島津氏が日向、薩摩、大隅などから730余家の家臣や郷士を移し、高岡郷(くつら村など12村)と穆佐郷を合わせたものである。江戸中期、鹿児島から山ミカンと雑柑(ざっかん)類の苗木を導入、そこからミカンの町としても知られるようになった。
 これまでに温州、極早生(ごくわせ)、日向夏など時代の趣向に合ったミカン生産に意欲的に取り組んできたが、この中でヒット商品となったのが「高岡文旦」。以前は久津良文旦と言われ、鹿児島から導入した雑柑類の苗木の中に交じっていたか、実生で高岡町の武家屋敷周辺に点在していたものと考えられている。1965(昭和40)年代後半から温州ミカンの価格低迷が続き、ほかの果樹への転換が検討されたとき、思いついたのが久津良文旦の復活であった。「さわやかであっさりした味が忘れられない」との声が上がり、掘り起こしが始まった。
 同町の旧家・安藤家の敷地内で約70年生の久津良文旦を見つけ、さらにその子孫が町内で約20本確認された。これを機に74(同49)年、苗木の生産が始まり、76(同51)年に生産者13人で「オレンジくつら同志会」を結成。82(同57)年には「高岡文旦同志会」と改め、55人の組織による共販体制を確立した。このとき名前も町民からの公募で「高岡文旦」となり、「太陽と緑の宮崎原産”高岡文旦”素朴で日向おとめの味」のキャッチコピーがつくられた。
 現在は県内出荷が中心。品質を高めるため、以前の12月からの出荷をやめ、2月までの樹上越年体制としている。平均果重は500グラム程度。汁気が豊富で、甘みと酸味のバランスがよく、まろやかな味が特徴。県内唯一の地場の文旦特産品として贈答需要が多く、年間3,000件以上の県外向け宅配便利用がある。
森 松平
メモ
 文旦はザボンともいう。ポルトガル語のザンボアに由来、江戸時代初期に南蛮船が伝えたと言われる。原産地はインドシナ半島。東南アジア、中国南部、台湾で栽培され、大きさや形、果肉色の異なる品種がある。日本でも長崎の平戸文旦、鹿児島の阿久根文旦、八代の晩白柚(ばんぺいゆ)、広島因島の安政柑、高知の土佐文旦など独自の品種が生まれた。グレープフルーツも文旦の血を引く自然雑種。





高岡文旦の写真
汁気も豊富。
甘味と酸味のバランスが絶妙

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