服部新佐(はっとりしんすけ)1915(大正4)年〜1992(平成4)年


●世界的なコケ研究家
 服部新佐は現在の日南市飫肥に生まれた。飫肥中学校、第七高等学校を経て東京帝国大学(現東京大学)理学部に入学、同大学卒業後東京科学(現国立科学)博物館に勤めた。
 家業である林業を継ぐため帰郷、終戦直後の1946(昭和21)年、日南市に植物研究所を設立した。在学中からコケ類を研究していた彼は、林業の傍らさらにコケの研究を深めようと思い立った。
 高温多湿の県南部の山間部は、コケ類が数多く生育しているのに、当時その生態や分類など研究はほとんどなされていなかった。
 新佐は未知であった南九州に分布する蘚苔(せんたい)類の種類を明らかにし、さらに調査範囲を南九州から日本各地、ヒマラヤや中国南部、ニューギニアなどアジアを中心に世界へと広げ、日本をはじめアジアに分布する多くの蘇苔類の科や属の体系を完成した。
 研究の成果は『服部植物研究所報告』や学会誌などで報告(英文)されている。中でも研究の中心はヤスデゴケで、「福島産ヤスデゴケ属の一新種」、「中国雲南および四川のヤスデゴケ属について」、「ヤスデゴケ科コケ類の分布と分化、特にニューギニアとニューカレドニアについて」などの論文がある。
 1970(同45)年に県文化賞、1977(同50)年には朝日賞を受賞した。
 フィンランド学士院外国人会員、日本植物学会・米国蘇苔地衣学会・国際苔類学会・米国植物学会に所属し、1969(同44)年から12年間国際苔類学会の評議員となり、1977(同52)年から3年間は日本蘇苔類学会会長となった。(前田 博仁)
メモ
◎ナンジャモンジャゴケ
 服部新佐が所長を務める服部植物研究所では、アジアの蘇苔植物の分類学的研究が行われ、世界蘇苔類学研究センターの1つとして、コケの生態を明らかにするとともに多くの学者を育てている。国内外で採集した標本は45万点、そのなかには“ナンジャモンジャゴケ”という変わった名称のコケが含まれている。
 1956(昭和31)年白馬岳で発見されたこのコケは、当初コケかシダの特殊なものか、緑藻類なのかがはっきりしなく、えたいのわからない植物であった。やがて、コケ植物特有の造卵器が見つかり、コケの特殊なものと考えられている。
 同研究所では、発見から10年目に新種のコケとわかり“ナンジャモンジャ”と命名し、カナダの世界植物学会で服部新佐が発表した。その後、北海道大雪山、ヒマラヤ、ボルネオ、中国、カナダ西海岸などからも発見された。


服部新佐の写真
服部 新佐







机の写真
生前、服部が愛用していた机。植物研究所は規模を縮小していまも存続している

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