みやざきの神話と伝承101ロゴ 30 二上山の鬼八三千王
 
 
 
       
  ●術策用い悪行つくす
 二上山は二神山とも書かれ、イザナキ・イザナミの両神をまつる。標高1,060メートル、高千穂町と五ヶ瀬町境にそびえる神体山である。「日向国風土記逸文」によると、ニニギノミコトが天(あめ)の八重雲(やえぐも)を押し分けて〈日向の高千穂の二上の峯〉に降臨されたとある。
 この里近き霊山の乳ケ窟(いわや)を根城にして、術策を用いて人心を惑わし、悪行のかぎりをつくした魔性の者がいた。
 その名は鬼八三千王。三千王とは永年、悪道に徹したことを皮肉った表現であろう。今から800年前の文治5(1189)年の奥書を持つ「十社大明神記」によれば、十社大明神(正一位=高千穂神社祭神)が鬼八退治を決意、右大臣富高、左大臣田部の両雄をはじめ、総勢44人で乳ケ窟を攻めたという。
 戦いの模様は多様に伝えられている。窟の前面をふさがれた鬼八は太さ1尺角(約30センチ)、長さ1丈3尺(約4メートル)の石づえを持ち、別の窟口から逃走。二上山を駆け下り、三ケ所の内の口、さらに諸塚から椎葉へ。時には壮絶な戦いを繰り広げながら米良から八代、阿蘇へと追われ、祖母山を経て上野へ出て押方へ戻る。この間7日。十社大明神率いる同志はほとんど討たれ、残っているのは両雄と3人のみとなった。
 鬼八は大木を根こそぎにして相対したが、ついに三田井原で追いつめられ最期をとげた。ところが、8尺(約2.5メートル)四方の石を押さえにして埋葬したのに、石を動かし、うどみ再生するので、体を3つに切り分け分葬した。それでも霊はしずまらず、山地農業の大敵である早霜を降らせる。しかも村の娘のいけにえまでも要求してくる。
 この御霊信仰を核にした話は、強大な外部の宗教勢力の流入を物語っているのであろうか。あるいは先住民族〈山の民〉の悲しみを伝えているのであろうか。
 しのめやたむぐはむ さりやさそふ まとはや ささくりたちばな
 「鬼八眠らせうた」という呪歌(じゅか)である。旧暦12月3日、高千穂神社の「猪掛け祭り」に奉納する笹振り神楽の歌でもある。霜宮を祭り、鬼八の霊を鎮送する伝統行事は、ひそやかに丹念に継承されている。鬼八三千王はやがて霜をつかさどる神となり、山鎮めの神となり、山の暮らしを守護する神となった。二上山はどっしりと今も姿を見せている。
山口保明
 





二上山の写真
二上山。
鬼八の霊がひそやかに息づく

       
 
 
 

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