みやざきの神話と伝承101ロゴ 57 網掛け観音
 
 
 
       
  ●若者に良縁を授ける
 大淀川が海に注ぐ河口の北岸には、昔から大きな入り江があった。今は宮崎港となっている。この入り江一帯が一ツ葉浜。江戸時代の中ごろ、この浜に葉が1つずつしか付かない松の木が生じ、人々が不思議がって一ツ葉の松と呼んだ。イザナキノミコトの禊(みそ)ぎの場に生えた聖なる松であるとして、そこに一ツ葉稲荷社を建てたと伝えられている。
 昔、この入り江で漁をして暮らしている四十右衛門(よそえもん)という若者がいた。ある夏の日、いつもの通り漁に来て投網を打った。しかし、何度網を打っても、少しも獲物が上がらない。彼は独身で、早く嫁をもらおうと、人並み以上に働いた。しかし、その日に限って、網に魚はかからなかった。
 彼はあきらめて帰りかけた。ちょうどそのとき、網を肩にかけ、背中に捕れたての魚をどっさり入れたかごを背負った美しい娘に出会った。四十右衛門がすっかり見とれていると、娘はにっこり会釈して通り過ぎた。
 翌日四十右衛門は、今日こそはと入り江に出掛けた。しかし、魚は捕れなかった。がっかりして帰りかけると、また昨日の娘に会った。彼は「あんたはどこでこんなに漁があったのか」とたずねた。娘は三本松のところだと言い、「観音経を覚えなされ、観音経を唱えながら網を入れなされ」と教えてくれた。
 四十右衛門は、これはただの娘ではないと思い、家に駆け戻ると、仏壇から観音経を取り出し、高らかに唱え始めた。一晩中唱え続けて暗唱し、朝一番に入り江に走った。そして観音経を唱えながら網を打つと、ずしりと手ごたえがあった。
 網をあげると、1体の観音像がかかっていた。彼は驚き恐れ、観音像を正光寺(吉村町)に預けた。寺の山門を出ようとすると、あの娘が立っていた。にっこりほほえんで「四十右衛門さん」と声をかけ、「私は豊後の国東から四十右衛門さんと結婚するために来ました」と告げた。聞くと、よい婿が見つかるよう観音様に願をかけたら、「日向の四十右衛門をたずねよ」とお告げがあったという。
 四十右衛門は驚きながらも、この娘と結婚し、観音様をあがめた。毎日豊漁が続き、嫁が町に売りに行けば、魚は飛ぶように売れ、四十右衛門は村一番の金持ちになった。正光寺には今もその観音像が祭られ、網掛け観音と呼ばれて信仰されている。
甲斐亮典
 





観音像の写真
正光寺に安置されている観音像。
人々の信仰もあつい

       
 
 
 

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