みやざきのうたと芸能101ロゴ 荒踊

 
●戦国の世をほうふつ
 御門のていを見てやれば ヤァー
  黄金(きん)の御門に 柱銀(はしらしろがね) ヤァー 柱銀
 踊りの練りが進んでくる。音頭取りが歌う「御門のてい踊の歌」に合わせ、武具を手にしたまま踊り始める。その踊りぶりを見ると、戦国の世をほうふつとさせる。類似の芸能はなく、その人数においても都城盆地に伝わる「献上馬(あげんま)」と双へきをなし、大掛かりで、豪快な踊りぶりが注目を集める。
 伝えるところによれば、天正年間(1573〜92年)に同地専光寺の開基(坂本城主伊賀守正行)が習得し、始めたとされ、近江(滋賀県)坂本から移入した芸能との説もある。慶長年間(1596〜1615年)に正行の孫、入道休覚が二上大明神(現三ケ所神社)に奉納することを定めた。その際、新発意(しんぽち)が踊りの総指揮を執り、飼い猿もこれに加えたとされ、現在も伝統が守られている。
 踊りの行列は、先払い―采配―庭張り―鷹匠(たかじょう)―やり―長刀―弓―鉄砲―やり―長刀―新発意―猿―太鼓―小太鼓―鉦(かね)・笛・ほら貝―旗と、うち続く。踊り手は総勢60余人。踊りの前段に位置付けられる「練りの踊」は行列の隊形、それぞれの名称を持つ各踊りは円陣をつくり踊る。演目は16種であるが、軍記物は欠けている。「御門のてい踊」「御所殿踊」「乙婿(おとむこ)踊」「孫九郎踊」「上方踊」「与祢市(よねいち)踊」「大山踊」「長者踊」「権之助踊」「誓願寺念仏踊」「七ツ子踊」「新吾踊」が存続の演目。各踊りとも3、40分、一庭(1回)踊るのに5、6時間はかかる。
 装束はそろいの染め地紋付、白足袋、紙緒の草履履き。武者の装いは手甲。寄席太鼓を打ち、新発意が「東西、東西、これより踊りは、”御門のてい踊”でござる。太鼓の頭(かしら)はござるか、音頭取りはござるか」と3回触れる。これに応じて”一番”の踊りが始まる。
 新発意は仏教信仰者を表し、登場して道化役を演じる猿は山王の使いで、火縄銃のとどろきは周囲の山々にこだまして、戦国の時代をよみがえらせる。また「踊り歌」は都ぶりを含み、諸国の伝説に彩られている。秋色深まる山里に一大絵巻を繰り広げ、多くの見物人を集める。また同所は浄専寺のシダレ桜でも知られている。
山 口 保 明
メモ
 踊りの途中、鉄砲組(火縄銃)が発砲すると、組ごとに異なった勇壮活発な踊りに急変する。こういった趣向も一つの見どころである。三ヶ所神社の例祭日、9月29日に奉納。翌30日には、坂本城跡と「荒踊の館」前庭で踊られる。問い合わせは五ヶ瀬町教委か、三ヶ所神社へ。





荒踊の写真
新発意が演目を触れ回り、
次々に踊りが披露される
(三ヶ所神社境内)


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