みやざきのうたと芸能101ロゴ 祓川神楽

 
●修験誇示した荒舞
 霧島の峰より奥の霧はれて 現れ出ずる其(襲)の峰の守(神)
 祓川神楽の「一番舞」の歌だ。同神楽は神舞(かみまい、または、かんめ)ともいう。高千穂峰(標高1,574メートル)の山頂は高原町蒲牟田一番地。ここを中心に霧島信仰は周辺一帯に広がり、鹿児島県のほぼ全域、宮崎県の中央部までを包み込む。南九州の一大霊山と称されてきたゆえんである。
 「霧島の峰より奥の霧はれて」の上の句は、鹿児島県に分布する「神舞」のほとんどで歌われている。本県の「神楽」でも、例えば宮崎市島之内、北郷町北川内、日南市吾田、佐土原町巨田、新富町上富田、木城町比木などで歌われ、その広がりが知られる。ちなみに、高原町には同じ霧島修験系の「狭野(さの)神舞」があり、町の無形民俗文化財に指定されている。
 この祓川・狭野の二つを合わせて「霧島神舞」と称するのが妥当であり、剣舞が多いのも特徴。舞いぶりも優雅というよりは勇壮。修験の力を誇示した荒舞といえよう。祓川の講庭(こうにわ)の作りは中央に法殊門、右に福徳門、左に成就門、手前に延命門を設け、それぞれ鳥居を建てる。講庭の中空を覆うようにササつきの大竹をさしかけ、先端にヤタンバン(天がい)をつるす。
 師走の霧島おろしが吹きすさぶ中での豪快な舞は荒行を伝えているようで、身が引き締まる。その中で、12人があうんの呼吸を整えて舞う「12人剣」は出色。
 さらに注目されるのは、「田の神」「杵(きね)舞」「三笠(みかさ)」などの農神舞、これらが平地の稲作神楽(春神楽)の根幹を成す。平地神楽の成立を促した本源だと考えられる。
 霧島連峰は分水嶺であり、古来より農業守護の霊山として仰がれ、人々は「霧島講」を結び代参を続けてきた。遠く平安時代に性空(しょうくう)上人が六所権現の霊所を定めて以来、「山岳文化」の発信を続け、祓川神楽も霊地の誇りとして継承されている。
 独自の番付に「鉾舞」があり、平地神楽では「霧島舞」とも呼ぶ。山の神の象徴である三つ又の鉾を手にした特異な舞で、霧島神の出現も合わせ意味している。神楽食は手打ちそば。周辺の民家がわき宿の役目を果たし、訪ねるとそばの馳走(ちそう)に恵まれ、身も心もあたたまる。
山 口 保 明
メモ
 祓川神楽は戦前までは旧暦11月16日に奉納してきたが、現在は12月第2土曜を充て、新設の神楽殿で行う。霧島山ろくに継承する徹宵神楽。芸態からみても外庭に御講屋をしつらえての奉納が望ましい。狭野神楽は同月第1土曜日。鎮守は前者が霧島東神社、後者が狭野神社。問い合わせは高原町教委か各神社へ。





祓川神楽の写真
呼吸を合わせ、勇壮に舞う
「12人剣」(神楽まつり)


目次へ 10 村所神楽のページへ
12 潮嶽神楽のページへ