みやざきのうたと芸能101ロゴ 潮嶽神楽

 
●豊漁と五穀豊穣願う
 鰐塚山の南麓、広渡川が山峡から北郷谷の平地に流れ出たところに、潮嶽(うしおだけ)神社がある。
 早春2月11日の祭礼にはイノシシの頭、もち、酒、野菜、マグロなどが供えられる。海と平地と山地の接点に伝承されたのが特徴である。
 祭礼のとき、境内に8メートルの神庭(こうにわ)が設けられ、むしろが敷き詰められる。
 正面にモウソウ竹の鳥居、その奥のシイノキで囲んだ部分が神屋。中央に高さ6メートルほどの真竹の標山(しめやま)が立てられ、5色の御幣をはじめさまざまな飾り付けが行われる。標山は神の依代(よりしろ)である。また神庭の中央に、キンカイと呼ばれる天がいがつり下げられる。
 1806(文化3)年の鵜戸山遷宮に奉納されたという神楽番付では36番が記録され、当時は夜を徹して舞われたことが知られる。12番が伝承されている。
 1番は鬼神舞である。白色の毛頭面に金色の冠を着け、白色の陣羽織に紫のはかまをはく。手には鬼神棒と扇子を持つ。
 「霧島の峰より奥の雲晴れて はるかに拝む天の逆矛」の楽人の唱えから始まり、霧島信仰とのかかわりも知られる。5番に直舞(さかづきまい)がある。シュロ皮の丸かさに黒面、桃色筒そでの上衣、赤色のたすき、桃色の絞りはかま姿。
 手にはすりこぎとすり鉢、めしげを持つ。これらは男女の陰陽を表していて、交合を説くしぐさもあり、家内繁盛・安全・五穀豊穣(ほうじょう)を祈る作神楽である。
 6番の魚釣り舞は鬼神面を着け、魚の付いた釣りざおを手にして舞う。県南地方に「鵜戸舞(うどめ)」と呼ばれて広く伝わる。舞いの途中で海幸・山幸を語るくだりがあり、豊漁祈願の舞いとされている。
 7番はみかさ舞で、6人の舞い手が白いまんじゅうがさをかぶって舞う。「田の神を祭りてみれば稲積みの これぞ五穀の産屋なりける」と唄(うた)うので、五穀豊穣を祈願する作神楽の一つであるとされている。
 潮嶽神社は二二ギノミコトとコノハナサクヤヒメの間に生まれた三神・ホデリノミコト、ホスセリノミコト、ホオリノミコトを祭っているが、多様な信仰を集めている。
甲 斐 亮 典
メモ
 潮嶽神社の創建の時期は不詳。正保期(1644〜48)に飫肥藩主・伊東祐久が建てたことは宮崎県史蹟調査にある。海神の国から帰国したホオリノミコト(山幸)に追われたホデリノミコト(海幸)が、逃れて来たのがこの地として神社が建てられたという。ここの神を隼人の祖先神とする説もある。問い合わせは北郷町役場へ。





潮嶽神楽の写真
豊漁を願って舞う「魚釣り舞」
(北郷町・潮嶽神社)


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