みやざきのうたと芸能101ロゴ 熊襲踊

 
●見事な構成で勇壮に
 高い岡におら熊襲じゃないか 鬼か鬼人かばけものか
 踊り歌の一節である。荒芸のなかにも、竹で編んだバラ太鼓と鉦(かね)とが響き合って、どこか哀愁を誘うものがある。これは諏訪神社系の芸能の一つ。隣の山田町にも伝えられ、中霧島鎮座の安原神社六月灯に奉納される。
 霧島連峰は、祖霊のこもる古里の山である。神々の天降(あも)りの説話を伝え、都城市から眺める山容は、あたかも鳳凰(ほうおう)が羽を広げたような秀麗さ。山ろく一帯はかつて熊襲の国といわれ、「伏(まつろ)わざる、礼(いや)なき人ら」住む国とされてきた。
 景行天皇の御代、熊襲が朝廷に服さなかったので、ヤマトタケルに命じて首長のクマソタケルを討たせた。その祝いの踊りが始まりという。踊りの装束はたくましいクマソタケルの風貌を型取ったものとされ、古くは尻切れはんてんだったが、今はえりなしの筒そでに白のズボンをはく。
 踊り手に人数の制限はないが、普通には親鉦2人・子鉦2人にバラ太鼓14人の編成。鉦方はミギエ(門しめ縄)を腰に巻き、シュロ皮づくりのマゲを結い、手甲・脚半もシュロ皮、黒足袋にわらじ履き。
 バラ方はタッスというわら製の大きなしめ縄を負い、シュロ皮つきの面をつけるものものしさ。直径140センチほどの竹の輪を前結びに固定、中央に45センチほどのバラをとりつける。これを打ちながら踊るので「バラ太鼓踊り」ともいう。
 踊りはヤマトタケル・クマソタケル両雄の酒盛りの模様を表したものといわれ、序破急の見事な構成をもち、一庭(ひとにわ)(1回)踊るのに約30分を要する。(1)出端(では)(2)ズベ(3)ミツベ(4)イツツベまでが序段(5)コヤシベが破の段(6)フセベ(7)カヤシベが急の段。序の段は円陣を整え規則正しく、破の段は陣形をくずし、勇壮活発に踊る。ここがクライマックス。破の段は楽(がく)を速め、折り重なって倒れる。熊襲の最期の姿を伝えるともいう。
 この踊りが、果たして熊襲の滅亡を喜ぶ村人を表しているものだろうか。バラ太鼓の哀韻や仮面の光と影の印象から、浮かばれない先祖の霊を慰める鎮魂の芸能ではないかと思われる。
山 口 保 明
メモ
 11月28日、都城市庄内町東区(宮原)に鎮座の諏訪神社に奉納される。男の荒々しい豪華さの中に、どことなくユーモラスな面をもつ踊りであるが、別に「雨乞(ご)い」や「虫送り」にも踊られたという。芸能は在地の伝承や信仰を習合して、その機能が増幅されるのが常であり、そこが芸能の芸能たるゆえんでもある。問い合わせは都城市教委か、同神社へ。





熊襲踊の写真
バラ方、鉦方が円陣を組み
荒々しく踊る
(関之尾滝まつり)


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