みやざきのうたと芸能101ロゴ 三川内神楽

 
●軽快なリズムと舞い
 北浦町三川内(みかわち)には、江戸中後期から継承された神楽が5地区に伝わる。各地名をつけ、歌糸、下塚、梅木、大井、市尾内の各神楽と称している。
 「岩戸開き」を織り込む演目や芸態、舞座の作り方などほとんど同じであるため、総称して三川内神楽と呼んでいる。
 神楽は各地区の鎮守祭りの宵宮に奉納。夕方から始まり、真夜中から未明まで舞われる。演目は翌朝に奉納される大漁を祈る「おきえ」舞いを含めて16番である。
 宮崎市やその周辺、日南地方に伝わる作神楽と呼ばれる神楽に似た演目があり、稲作儀礼を反映している。例えば、花舞、繰り降ろし、祝詞、柴(しば)引きなどで、これら作神楽では柴舞、繰り降ろし、中の手、太玉などと言い、芸態が似ている。
 花舞は舞いの途中で柴を散らし、繰り降ろしは注連(しめ)木に結ばれたひもを片手に持って舞う。祝詞舞は女装の一人舞で、女面に白の舞衣に赤のはかまを着け、大きな御幣を肩に静かに舞う。柴引きは鬼面をつけ柴を引くのだが、柴引き鬼神とか、太玉舞と呼ばれるものと似ている。
 保存会に伝承されている古い神楽文書に、「ミマイ」や「カサトリ」という演目が記載されているが、ミマイは箕舞、箕取舞のことで、カサトリは笠取鬼神、御笠、三笠などと呼ばれ、作神楽では稲作に関係する演目とされている。ミマイもカサトリも稲作の豊じょう祈る。
 三川内神楽の特徴は、神社拝殿の舞座とそれに向かい合って境内に注連木を立て、その前にみこしを置いて御棚を設ける。舞いは拝殿の舞座と御棚で行われる。2ヵ所で舞う神楽は、椎葉村の嶽之枝尾(たけのえだお)神楽などにみられるが、多くはない。
 舞座は畳二畳の広さで、すべての演目をこの広さで舞い、着面舞以外は2人舞である。舞い手は座と山・川に分かれる。「地割」など数番の演目に舞いの途中にトントコ拍子という軽快なリズムと舞いが入る。また、モジリ反閇(へんばい)という独特な足運びをするなどほかの神楽では見られない芸態である。
 三川内神楽は、大分県蒲江町に伝承されている。芸態やリズムは変わっているが、演目名やその数、御棚の設置などは同じである。
前 田 博 仁
メモ
 県内の神楽保存団体で、伝承を裏付ける記録や資料を持つ例は少ない。三川内神楽には1813(文化10)年の「磐戸次第鈿女命(イワトシダイウズメノミコト)」のほか、神楽に関する古文書が保存され、遅くとも江戸中後期には神楽が舞われていたことが分かる。毎年11月2日と、同月の毎週土曜日夕方から奉納される。問い合わせは北浦町教委へ。





三川内神楽の写真
三川内神楽の繰り降ろし舞
(北浦町三川内)


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