みやざきのうたと芸能101ロゴ 細島太鼓台

 
●地区対抗で「けんか」
 八坂神社・祇園神社夏の大祭だったが、現在は港祭りに移り変わった。南若・東若の2台の太鼓台が盛り上げる。
 祭りは2日間、宵宮をヨドといい、神社では祭り期間中の安全を祈念する神事が行われる。
 翌日は、神事の後神輿(みこし)が町内を巡幸し、夕方から太鼓台も加わり、南若・東若両地区の境界で、けんか太鼓の「組み合わせ」を行う。以前は相手地区から嫁をとった男は当日、妻を実家に帰して「組み合わせ」をしたという。
 神幸は宮司を先頭に氏子総代や区役員が続き、神輿や太鼓台が続く。打ち手と担ぎ手は交互に「オーサイナ」「チョーサイナ」と掛け合う。
 太鼓台は上方の布団太鼓の流れをくみ、南若の布団屋根は赤色5段、東若は赤・黄・青・白・紫の5色5段。台の中央に太鼓を配し、女物の衣装を着た小学校高学年の男児4人が乗る。2人が組となり交互に打つ。
 太鼓台の組み立てや飾り付けは保存会員が行う。漁協や個人の倉庫に収納している太鼓台の部品を組み立て、担い棒や幕、ちょうちんなどを付ける。太競台を所有する地区だけでは担ぎ手が不足するので、太鼓台のない地区や町外在住の区出身者らに参加を呼び掛ける。参加者は祭り期間中、飲食と慰労会のみで奉仕する。
 南若の太鼓台の製作は1890(明治23)年(平成11年に作り替えた)、東若は明治22年。東若太鼓台保存会には「太鼓台々帳」が保管されており、明治26年から昭和36年までの祭りの収支や規約が記されている。
 初代町長(当時)は和歌山から移住し、回船問屋を営んでいた「紀之国屋」の4代目当主だったが、この慶事に阪神地域の太鼓台を移入した、と伝えられる。
 太鼓台が参加する祭りは、阪神から瀬戸内沿岸にかけて多く存在する。
 香川県大原野町や豊浜町では「チョーサ祭り」と言い、大鼓台を担いで町内を練り歩くとき「チョーサ、チョーサ」と掛け合って、祭りを盛り上げるという。細島の太鼓台でも「チョーサイナ」「チョーサイナ」と掛け合うので、瀬戸内や上方から伝承してきたことを物語る。
前 田 博 仁
メモ
 県北では門川町尾末、延岡市島浦・祇園、北浦町宮野浦に太鼓台が伝承している。尾末の太鼓台は同神社秋季大会に3台が参加し、地区によって布団の色を変える。島浦の大鼓台は神社大祭に2地区から交互に参加。北浦町は古江・市振・阿蘇などに太鼓台があったが、昭和40年代に廃れ、宮野浦に子供たちが曳(ひ)く太鼓台として残っている。問い合わせは日向市教委へ。





細島太鼓台の写真
南若、東若両地区境で行う
勇壮な太鼓台の組み合わせ


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