みやざきのうたと芸能101ロゴ 船引神楽

 
●豊作祈願の田植え舞
 船引神楽は、江戸時代初期にはすでに行われていたと伝えられ、五穀豊穣(ほうじょう)と子孫繁栄を祈願し、船引神社で3月21日、炎尾神社では同26日、黒北大将軍神社は同下旬に奉納される。
 稲作豊穣の予祝として春季に奉納され、作神楽、または春神楽と呼ぶ。宮崎市やその周辺、日南地方の各地で奉納され、その数は60ヵ所に及んでいる。
 船引神楽は中でも演目数が多く、作神楽の姿をとどめている。1番舞(方謝舞)から最後の神送りまで33番を伝承している。
 作神楽とは、田の神舞とか、箕取(みとり)舞など稲作に関する演目がある神楽をいい、船引神楽では三笠(みかさ)や箕取舞・杵(きね)舞などがそれに当たる。
 三笠は田植えの所作を表し、別名田植え舞ともいう。またメゴ舞は男根やもみを入れたわらづとを手に、五穀の始まりや人作り、国造りについて神主とユーモラスに問答する。
 続く七鬼神では、メゴを持った舞い手が舞庭に種もみをまき、見物人は競って拾う。それを持ち帰り、自分の種もみに混ぜると豊作になると言い伝えているからである。
 箕取舞は箕を持った女装の舞い手と杵を持った舞い手が登場し、杵で箕をつき、終わりに饌供(せんぐ)をまく。豊作を感謝する意味であるが、箕を杵でつく動作は「生産」を表している。メゴとは竹かご、箕は竹製の農具であり、神楽ではどちらも女性。杵は男性。これらを手に持ち、増殖を願う舞いを奉納する。
 船引神楽は、明治の中ごろに途絶えそうになったが、類似の神楽を有する串間神社(串間市)に若者3人を派遣し、その存続を図った。
 神楽を奉納する舞庭は神社境内に設ける。正面にサカキやシイでヤマを作り、神楽面やわらの大蛇、供物などを置く。
 ヤマには注連(しめ)を3本立て、日輪や雲を表す扇や赤い布を付け、色とりどりの御幣(ごへい)を差す。舞庭の中央には天がいをつるし、四隅にシイと竹を立て、間にも同様にシイと竹を立てる。それに切り紙を垂らした縄を張り巡らして神域とする。
前 田 博 仁
メモ
 本県では、冬季に県北山間部で夜を徹して舞われる夜神楽が有名だが、県全休では200余りの神楽保存会がある。春季に奉納される作神楽は、山村の夜神楽に対して春神楽、昼間行われることから日神楽、山地に対して里神楽などとも言われている。また、社日神楽と称する保存会もある。問い合わせは清武町教委へ。





船引神楽の写真
五穀豊穣を祈る杵舞
(清武町・船引神社)


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