みやざきのうたと芸能101ロゴ ジャンカン馬踊

 
●飾った馬と人一体に
 都城市や三股町では、稲作の農作業に入る春先にジャンカン馬踊りが奉納される。鈴や飾りを付けた馬の周囲を手踊りが囲み、人馬が一体となって踊る。馬に掛けてある鈴や鉦(かね)の音からジャンカン馬踊りと呼ぶようになったという。
 ほかの地方では、鈴を付けているので「鈴掛け馬」、物もうでの馬という意味で「ものめい馬」、花飾りなどしているので「装束馬」などとも呼ばれ、古くから都城・北諸県地方、鹿児島県姶良郡一帯に伝承される。稲作を前に豊作と馬の安全、農家の無病息災を祈念するものである。
 鹿児島神宮(隼人町)を崇敬していた戦国後期の薩摩領主島津貴久の夢まくらに、馬頭観音が現れたことから始まったとか、1572(元亀3)年、木崎原合戦のとき、名馬のおかげで一命を救われた領主島津義弘が愛馬の供養をしたことに始まる、などの説もある。
 関之尾町のジャンカン馬踊は、2月の鹿児島神宮初午祭を最初に、4月8日は関之尾町の馬頭観音祭で豊作と牛馬の安全を祈念して奉納される。続いて4月22日の母智丘神社の桜祭り、4月29日の三股町早馬神社、7月には六月灯、ほかに上棟式や結婚式などの慶事、市主催の全国的な催しでも披露される。
 馬には小さな米俵を背負わせ、それに稲穂を表す桜の造花の飾りを20数本付ける。くらには山王の使者である猿の人形を乗せ、5色の布を下げる。前掛けに鈴を付け、くつわに締め帯、足首に脚半を着ける。
 踊り手はかさをかぶり、浴衣に赤たすき、赤腰巻き、白足袋にせったという衣装で踊る。三味線はかさをかぶり着流しの浴衣に男帯を締め、白足袋にせったを履く。太鼓と鉦は豆絞りの鉢巻きに法被、紺のズボンにせった、馬ひきは豆絞りの鉢巻きに法被、すそ幅の広いズボンに地下足袋姿。
 伴奏は太鼓が3人、三味線が2人、鉦が1人、唄(うた)い手は2人で、唄は軽快でテンポの速い松島節が歌われる。
 踊り手は女性25人、馬のくつわ取りと後追い各1人である。馬は伴奏に合わせて首を上下に振りながら足踏みをするが、動きが悪くなると手綱取りは軽快に踊るよう手綱をさばく。
 旧薩摩領内でみられる芸能で、県内ではほかに例をみない。
前 田 博 仁
メモ
 県南部には、ジャンカン馬踊り以外に、牛馬が主役となる芸能が伝承されている。神社の境内を木製の牛がすきをひき、種まきまでを狂言風に演ずるもので、打ち植え祭り、ベブがハホ、ベブどんなどと呼ばれる。三股、山之口町では太郎踊りという張り子の牛と農具を持った踊り手が登場する踊りがあり、これらはいずれも豊作を折る。問い合わせは都城市教委へ。





ジャンカン馬踊の写真
三股町の早馬神社に
奉納した後、町内に繰り出す
ジャンカン馬踊り


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