みやざきのうたと芸能101ロゴ 青島臼太鼓踊

 
●鬼面着け太鼓組囲む
 青島臼太鼓踊は、豊臣秀吉が朝鮮半島に出兵した際、飫肥藩士の士気を鼓舞し、また、相手を威かくするために踊ったのが始まりと言う。
 1707(宝永4)年、藩主の許可を得て盆踊りとして青島地区に伝承されるようになった。毎年旧6月初丑(はつうし)の日、鎮守の大将軍神社に奉納され、盆の14、15日に祖霊の供養と悪魔払いとして地区内で踊られている。
 踊り手は、径一尺余りの太鼓を腹に抱えた太鼓組を中心に、鬼面を着けた面組が、取り囲むように円陣をつくり、唄(うた)や鉦(かね)、笛に合わせて踊る。太鼓組は左右に持ったばちを上段から振り下ろしながらたたき、面組は右手にしゃくし、左手に懐剣を意味するすりこぎを持ち、勇壮に躍動的に踊る。
 面組は、300本くらいの細い和紙で作った蓑(みの)を頭からかぶる。白の法被に濃紺のはかま、胴に白帯を締め、手甲に足袋、わらじを履く。面組の人数は特に定まっておらず、奉納する場所の広さで増減があるが通常10数人である。
 太鼓組は3人で紋入りの鉢巻きを締め、緑の法被にたすきをかけ、濃紺のはかま、手甲に足袋、わらじを履く。鉦組は親鉦1人に子鉦3人、計4人。陣がさに陣羽織、茶の法被に濃紺のはかまを着け、手甲に足袋、わらじを履く。笛・唄組は3人、鉦組と同じ衣装で笛組が唄組を兼ねる。
 演目は「道行き」「宮太鼓」「御所之松」「中息(なかい)れ」「神家臼(かけうす)」「是善鼓(ぜぜんこ)」の6種。
 道行きは、大将軍神社の行き帰りに踊られ、宮太鼓は参拝者一同の不浄を清める踊りである。御所之松は不浄を清め、大将軍の御利益にあずかるための踊りで唄が入る。中息れは静かな踊りで、それまでの激しい踊りで乱れた息を静める。神家臼はご加護を賜る踊りである。
 最後の是善鼓は円陣を解いて、太鼓組が前に面組はその後ろに並び横一列の隊形となり、勇壮に前進後退を繰り返す。是善鼓で一連の踊りが終わり、道行きを踊りながら境内を後にする。
 御所之松の歌詞「お社のお庭に参りて 参りて見ればやれ見事 しぼりし幕より見あぐれば鏡に映るありがたや しめやの段を眺むればひきめのかくらや飾らせて 悪難ようけとお祈る ひいてもののようきには お庭の遊びおもしろや」
前 田 博 仁
メモ
 県内には青島以外に37の臼太鼓保存会が存在する。これらは踊り手が太鼓を腹部につけ背に旗を負い、鉦のリズムに合わせて躍動的に踊る。かさはかぶるが面は着けない。それに対し青島臼太鼓踊は、踊り手は鬼面を着け、紙蓑を頭からかぶり太鼓は付けない。旗も背負わないなど、ほかの臼太鼓とは装束も芸態も大きく異なる。問い合わせは宮崎市役所青島支所へ。





青島臼太鼓踊の写真
鬼面に紙蓑を着け、
太鼓に合わせて躍動的に
踊る青島臼太鼓踊


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