みやざきのうたと芸能101ロゴ 吉之元虚無僧踊

 
●編み笠かぶり勇壮に
 旧暦6月25日の六月灯に、五穀豊穣(ほうじょう)と地区の安全を祈念して鎮守の荒嶽神社に奉納される。
 虚無僧踊の起源や由来は明確でない。ただ、薩摩藩主の命を受け、藩内を巡回中の武芸にたけた憎が吉之元に長く滞在し、武芸とともにこの踊りを農民たちに教えた。それまで農耕だけに従事していたので喜び、後世に踊り伝えたという。
 以後、何度か盛衰を経て、昭和42年保存会が結成された。
 虚無僧と両脇の棒組3人が一組となる棒踊りで通常5、6組で奉納する。
 虚無僧は深編み笠(がさ)をかぶり、紺の紋付きに白ばかま、白の手甲・脚半を着け、白の武者わらじを履く。帯は白と黄の左なわ。小太刀と尺八を差す。
 棒組は、白鉢巻きに浴衣、紺の角帯。青の手甲に白の脚半を着け、黒足袋にわらじを履く。緑のたすきを背中に結び、それに赤白青黄挑のユラ(布)を付ける。
 歌い手は、シデを付けたすげがさをかぶり、紋付きにはかま、黒足袋に草履といういでたち。
 踊り手は柴(しば)と御幣、ひのきの削り掛けを付けた矢旗を先頭に、3人縦隊で入場する。
 虚無僧は開いた扇をかざし、棒組は六尺棒を担ぎ、「さあ参る 今こそ参る 神にもの参り」の出端唄(うた)で庭入りする。
 「山げの雲は鷹(たか)の羽根ぞろい」で、虚無僧は扇を前後にあおいで調子を取り、棒組もその場で身体を揺らし、棒で地面を突く。
 「清めの雨はばらりざりと降りとおる」のアゲ唄が始まると、踊り手は「ヒュー」と奇声をあげ神を呼ぶ。途中から「サーサーサッ」の掛け声で踊り始める。
 虚無僧は両側から打ち込んでくる六尺棒を、まず扇子で左右に払い、次に正面から打ちかかる2本の六尺棒を尺八で受ける。また、前後左右から打ちかかる棒を頭上で受け止め、足を払う棒を地に伏せる。
 さらに激しく打ちかかる六尺棒を、尺八と小太刀で果敢に切り結ぶ。
 踊り終えると隊列を逆にして、「さあ婦る 今こそ帰る神にもの参り」を全員で歌い、入端となる。
 躍動感に満ち、勇壮さが見る人を魅了する。
前 田 博 仁
メモ
 県内には64ヵ所に棒踊りが伝承されている。高原町の棒踊りは、背まで垂れる白のおこそずきんをかぶって顔を隠す。西都市中尾の棒踊りは、肩から背に掛かる黒ずきんをかぶる。北諸県地方では、角立ての鉢巻きをするなど、修験僧や山法師との関連を強く感じさせる。問い合わせは都城市教委へ。





吉之元虚無僧踊の写真
打ちかかる六尺棒、尺八と
小太刀で切り結ぶ虚無僧踊


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