みやざきのうたと芸能101ロゴ 巨田神楽

 
●豊作を祈り昼に舞う
 この神楽に使われる太鼓の胴には、1600(慶長5)年の銘がある。
 巨田(こた)神社の本殿はて1547(天文16)年の建立で、南九州最古の建築として、国の重要文化財に指定されている。
 神楽は、かつては33番舞われていたといわれる。現在では旧暦の9月15日に行われる例祭に、神社の境内に設けられた舞庭で、10番ほど奉納される昼神楽である。
 番付は、新富町の新田(にゅうた)神楽によく似ている。
 「一番舞」は男性2人で、白の素襖(すおう)に黒の烏帽子(えぼし)、後半には手に鈴と日輪の扇を持って舞う。
 「御笠(かさ)地舞」は、鬼面を着けた舞い手と直面の舞い手2人であるが、途中から鬼面の舞い手がもう1人加わる。御笠舞は、穀物の霊を象徴しているといわれ、豊作を祈る舞いである。
 「戸開の舞」は、天の岩屋戸に隠れたアマテラスを、タヂカラが岩屋戸を押し開いて連れ出す舞いである。
 「綱荒神」は、蛇切りともいわれ、大蛇に見立てたわらの綱を舞い手が真剣で切る舞いである。神楽の系統を見るとき、伊勢系統の神楽に岩戸開きがあり、出雲系統の神楽に蛇切りがあるという見方がある。
 県中央の平野部に広く行われている神楽の番付には、岩戸開きや蛇切りの舞いが含まれていて、番付の内容には類似するところが多い。
 また神楽を舞うときの歌にも、類似した内容が多い。
 巨田神楽の「一番舞」で、「霧島に参る麓の霧晴れて新たに拝む天の逆矛」と歌う。新富町の新田神楽でも、同じ歌が歌われる。
 県南の北郷町の潮嶽神楽の「一人舞」では、「霧島の峰より奥の雲晴れてはるかに拝む天の逆矛」と歌う。
 また巨田神楽の太鼓方の歌に「こころだにまことの道にかないなば祈らずとても神やまもらん」というのがあるが、潮嶽神楽では「こころだにまことの道にかないなば 祈らぬことも神はうけます」と歌う。歌詞の共通性がみられる。
 蛇切りの舞いで切られたわらの綱は、人々が持ち帰って家の玄関に厄よけとして飾る。また田の水口(みなくち)に置くと病虫害の駆除になるとされている。神楽が豊作や息災を願って奉納されていることをよく伝えている。
 巨田神楽は、隣接する新富町、宮崎市などに伝承されている春神楽と類似性が高く、地域相互の交流をうかがわせる。
甲 斐 亮 典
メモ
 巨田神社は八幡社で、本殿は「三間社流造」の古い様式を残す。宮崎平野には数多くの八幡神社が分布する。祭礼の形式とともに、神楽も共通するものを持つことになったものと思われる。問い合わせは佐土原町教委へ。





巨田神楽の写真
弓を手に力強く舞う巨田神楽
「将軍舞」
(佐土原町・巨田神社)


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