みやざきのうたと芸能101ロゴ 御神子舞

 
●別れを惜しむ「乙女」
 そらみつ倭(やまと)の国は神からし 尊くあるらしこの舞見れば
 御神子舞の神歌である。まったく同じ歌が「続日本紀」に歌謡として収められている。宮司の歌うこの歌によって、4人の乙女が立ち姿になり、ゆっくりと舞い始める。楽は笛と太鼓。晴れ着の上に白の舞衣(素袍)をまとい、緋(ひ)のはかまに白足袋、花飾りを付けた冠をいただく。いかにも清楚(せいそ)な舞装束である。どことなく、なつかしさを覚える。
 右手に大ぶりのサカキ、左手に末広(扇子)を持ち、伝承を再現するようにやや体を斜めにしながら舞う。さらに両の腕で円を描くように、心を込めてサカキをかざす。
 動きは、平行水平を基本にして物静か。ほかに類似の芸能がないだけに、一層心に残る。この舞いは単に「神子(みこ)舞」ともいうが、潮嶽神社の「縁起舞」といえばよいだろう。
 同社はホスソリノミコト(海幸彦)、ヒコホホデミノミコト(山幸彦)、ホアカリノミコト三神を祀る。海幸、山幸の争いの果てに、巌船(いわぶね)に乗りこの地に漂着したのが海幸、今もその陵墓と伝える古墳がある。巌船とは頑丈な船の意と解される。
 伝えるところによれば、神武天皇が東遷をすすめる前に、この潮嶽に海幸を訪ね、別れを惜しまれた。その折の離別の歌に合わせて、里の娘たちが舞ったのを伝えたのが御神子舞だとされている。
 斜めに体を倒すしぐさは、惜別の情を表現し、両腕で円を描くしぐさは、途上の無事を祈っているのであろう。舞えるのは12歳までで、より神に近い無垢(むく)なる乙女が対象とされている。
 御神子舞は、同社の春・秋の祭りに奉納される。春には神事の後にすぐの奉納。この日は作占(さくうら)を兼ねた「福種おろし」があり、中学生を主体にした「棒踊」も奉納される。午後にかけては、伝統の「潮嶽神楽」が境内を祭場にして行われる。
 秋は神事の後、触れ太鼓が出て、みこしが町内を練り歩く。この日は「獅子舞」が見もの。獅子は海幸・山幸の化身とされ、「浜下り」の先導役を務めるが、氏子の若者が別火潔斎(けっさい)して奉納に備える。雄獅子・雌獅子の対舞で、高く藤が波打つように舞うので「藤舞」という。「突け!突け!」の掛け声で天を突くように勇壮に舞う。舞いぶりから「立藤」とも「のぼり藤」ともいう。
山 □ 保 明
メモ
 潮嶽神社の春祭りは2月11日、御神子舞は拝殿で舞われる。秋祭りは11月11日、御神子舞が春祭りと同様に奉納される。いずれも伝統を固く守り続けてきた祭りで「神楽」「棒踊」ともに町指定。春祭りの「猪汁」の味もまた忘れ難い。問い合わせは北郷町教委か同社へ。





御神子舞の写真
サカキと末広を手草に
ゆるやかに舞う「御神子舞」


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