みやざきのうたと芸能101ロゴ 穂満坊あげ馬

 
●稚児が作神の象徴に
 霊峰高千穂を望む穂満坊、桜木(高城町)、高木(都城市)、花木(山之口町)に鎮座する4つの諏訪神社には、4年ごとにあげ馬が奉納される。
 あげ馬は、諏訪神に献上される神馬を指し、「あげんま」と呼ばれる。
 由来は、文禄・慶長の役のとき、出陣に際して島津氏が諏訪神社に戦勝を祈願し、無事帰国したので願ほどきの行列を組み、あげ馬と神楽を奉納したという。
 「あげんま」は、その際のにぎやかな行列を人々が模したものと伝えられて、併せて五穀豊穣(ほうじょう)と家内安全を祈願する祭りである。
 穂満坊の「あげ馬」は、昭和16年ごろ一時途絶え、戦後復活したが再び中断。昭和59年に保存会が結成されて復活した。
 夕方、行列は馬宿を出発し、作神の象徴である稚児を中心に、六堂筋や諏訪の馬場など、昔から決まった道を通り神社へ向かう。
 よろいかぶとに太刀姿の「棒つき」が先頭に立ち、次に「いら棒」「箒(ほうき)」「弓」「鉄砲」「ほろやり」「ほこ」「おほろ」「はさみ箱」と続く。さらに赤毛布で包んだ献上物を背負った馬、その後に「なぎなた」「はぐま」「うけがさ」「やつかわ」「やぼ」「露払い」「矢筒」「太刀箱」「刀」が続く。
 そして、領主の名代でもある数え年7歳の稚児が、紋付きはかまで馬に乗る。これに従者と稚児の親族数人が従い、列の最後が白じゅばんに青ばかまの「ひょうたんさし」となる。総勢6、70人の行列である。
 神社に着くと一行はさまざまな所作を行って鳥居をくぐる。
 「棒つき」は大草履で大地を踏みしめ、棒で地面を突きながら「下に、下に」と大声をあげ、「いら棒」は棒を突き出しながら「マクド、マクド」と連呼する。「やぼ」も採り物を突き出し、「ドッコイ、ドッコイ」と叫びながら全力で走り、ひとしきり走ると採り物を立て、左足をくの字に曲げ静止する。
 やがて「露払い」に導かれた馬方が歌う
 ここの稚児さま 初旅めすが かごめ 軽かれ 日和もよかれ
  オシャレバ ソージャレー 殿のお前は なかよかれ
の馬子唄(うた)で稚児が登場する。
 稚児は正面石段の下で馬上から諏訪神に礼拝する。
 稚児が下がると「ひょうたんさし」が神舞を舞って「あげ馬」の奉納は終わる。
前 田 博 仁
メモ
 あげ馬は、稚児に作神を乗り移らせ、豊作を祈念する芸能と言われている。棒で大地を突き、または、大草履で力強く地を踏む反閇(へんばい)は、地神を鎮め、豊作の祈りを込める農民の願いである。問い合わせは高城町教委へ。





穂満坊あげ馬の写真
作神を迎える大名行列を模した
「穂満坊のあげ馬」
(高城町・諏訪神社)


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