みやざきのうたと芸能101ロゴ 通浜盆踊

 
●漁の動き取り入れる
 通浜は、明治期に細島(日向市)からの移住者によって生まれた漁村である。そのため、漁業や風俗習慣に、細島との共通性が見られる。
 「通浜の盆踊り」は、8月13日から15日にかけて盆の晩に踊られる。日没から始まって真夜中まで続き、大いににぎわう。
 この盆踊りには、棒踊りと手踊りが踊られる。棒踊りには、房飾りの付いた願い棒が使われ、「三尺棒踊」と呼ばれている。
 踊りの構成はおよそ40人で(音頭取り40歳代、太鼓30歳代、踊り20歳代)、かつては集落をあげて盛んに踊られていた。その後途絶え、昭和40年ごろ、佐藤義雄、大橋健市、高谷正澄、一政晃らが中心となって三尺棒踊り保存会を結成、復活した。
 当初は大人たちで踊っていたが、現在は、女児が踊り、男児が太鼓をたたくという形で、子供たちを中心に継承されている。
 また手踊りは、「佐伯踊り」「細島踊り」「通浜踊り(ツッタツッタ)」の3つの踊りからなる。「通浜踊り」は通称「ツッタツッタ」ともいい、漁の所作を模した踊りが特徴である。
 櫓(やぐら)は4畳半ほどの片棟平櫓を漁協の建物に設営し、七夕竿を櫓の四隅に結び付ける。そして前に四斗樽(たる)の太鼓を2つ据え、20数人が交代に太鼓をたたいて音頭を取る。
 踊り手は10人以上で、衣装は、もともと浴衣に化粧だすき、それに編みがさをかぶり、手甲と脚半という姿だったが、現在は浴衣にそろいのたすき、鉢巻きだけで踊っている。
 手にする三尺棒は、長さおよそ1メートルの竹に黒白(右手)、紅白(左手)のテープを交互に巻き、両端に白い房を付ける。この持ち物も一つの特色である。平家落人伝承をともない、この棒に刀を隠したとも伝える。
 かつての盆踊りでは、仮装行列のように扮装(ふんそう)をし、腰にやかんなどをぶら下げて、おもしろおかしく踊られた。
 このところ三尺棒踊りは、町の文化財に指定され、町の文化祭、運動会などでも発表する機会が増えてきている。昭和3年、昭和天皇即位の御大典記念のために宮崎市で催された芸能大会でも披露された。口説きは、「鈴木主人白糸口説」「富吉口説」「恋慕ひえつき口説」など14種が伝承されている。
渡 辺 一 弘
メモ
 「三尺棒踊り」は、県内多くの棒踊りに比べ、最も風流化(ふりゅうか)したものの一つといえよう。16日の「魚供養盆踊」には、漁協に設営された大きな櫓の横に初盆の人々の遺影が飾られ、その前に集落の人々が集い、樽太鼓と音頭の響きが夜の海に響き渡り、にぎやかに夜を過ごす。問い合わせは川南町教委へ。





通浜盆踊の写真
通浜の盆踊りは房の付いた
三尺の棒を回したり、
打ち合って踊る


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