みやざきのうたと芸能101ロゴ 栂尾臼太鼓踊

 
●踊り手と村民一緒に
 臼太鼓踊は大きく二つの分布圈を特つ。沿岸部に広がる平地部、ことに宮崎市とその周辺に密である。また、椎葉村、諸塚村、南郷村など耳川流域に分布し、高千穂町から熊本県にかけて広がりを持つ。耳川流域では神楽と臼太鼓の両方を行う集落が多いのが特徴的である。
 椎葉村の秋祭りには、戦前までほとんどの集落で、臼太鼓踊が奉納されていた。現在は、栂尾(つがお)、大河内、大藪、十根川、不土野の5集落である。そのうち栂尾臼太鼓踊は、11月3日の文化の日に栂尾神社境内で奉納される。1971(昭和46)年までは旧暦10月5、6日の2日間にわたって踊られていた。
 踊りの由来は、1656(明暦2)年ごろ、栂尾を訪れたせみょう法師という人物が伝えたという。法師は、京の有名な能役者の子で平家落人とともに椎葉へ移り住んだと伝える。
 踊りの人数は決まっていないが、現在12人である。先頭から2人目までの太鼓持ち、後に続く鉦(かね)たたきの2人、都合6人はカシラと呼ばれ、踊り手は毛がさと美しい鳥毛を背負い、太鼓持ちは日月を描いた的をつける。
 演目は「しせつ(神の踊)」「羅生門」「お船・富士の巻狩」「人の小娘」「酒屋」「うすきど(旗納め)」の6つがある。
 「羅生門」は、大江山の鬼退治物語で、神楽の鬼神面と同じものをかぶり、鬼を演じる。それぞれの演目は、打ち入り、庭けき、入れ、中入れ、輪踊、庭ぞろい、竿踊、庭ぐち、引きなどで構成される。
 衣装は、紋付き羽織、たっつけばかまにかさをかぶり、草履を履き、鳥毛を背負うのが基本である。
 踊りの運びは、まず神社本殿入り口の鳥居の下で素足のまま2列に並び、太鼓、鉦を打ち鳴らす。次に拝殿前の踊り庭で「しせつ」を踊る。
 下の神主宅で昼食、酒宴を済ませた後、六尺棒を持つハリバンを先頭に踊り庭に向かい、本踊りに入る。
 踊り手は太夫側と頭側に分かれて、2列に並んで踊ったり、輪になって踊ったりする。最後の「うすきど」では、踊り手、鉦打ちは鳥毛を外し、村人全員が御幣、ササ、のぼりなどを手に、踊り手と一緒になって踊る。
渡 辺 一 弘
メモ
 栂尾臼太鼓踊のほか、大河内臼太鼓踊は、旧暦8月15日に大河内神社で奉納、十五夜踊りと称される。大藪臼太鼓踊は旧暦9月6日に、大桑木と大藪集落が1年交代で行う。十根川臼太鼓踊は、現在11月の平家祭りのある週に十根川神社で奉納。不土野集落には、臼太鼓踊と山法師踊が伝承され、11月3日にどちらかが奉納される。山法師踊は臼太鼓と同系統の芸能、不土野と小崎でのみ伝承。小崎の山法師踊は、1953(昭和28)年までは旧暦8月15、16日に住吉神社隣広場で、臼大鼓踊に引き続き踊られた。現在はイベントなどでのみ踊られる。問い合わせは椎葉民俗芸能博物館へ。





栂尾臼太鼓踊の写真
カシラを先頭に、
美しい鳥毛を
背負う踊り手が続く


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