みやざきのうたと芸能101ロゴ 米良木おろし歌

 
●祝詞思わせる荘重さ
 一ツ瀬川の上流、熊本県境に位置する西米良村は、山村の原風景を今にとどめる、「ゆずの里」である。森林資源に恵まれたこの地方は、古くから焼き畑が盛んで、海岸部の稲作地帯とは趣の異なる神楽や民謡などの民俗芸能が、数多く伝え残されている。
 中でも焼き畑の唄(うた)の源流とも言える「米良木おろし唄」は、神事の祝詞(のりと)を思わせ、さながら森の魂を宿したかのような、荘重な響きを持っている。
 やぼを払って木場を開く際、火を掛けて焼き払えない大木の枝を切り落とし、日差しを地表に届かせる。これが木おろしで、樹上を移動しての一日がかりの作業は、思わぬ危険が待ち受けている。そこで男たちは山の神に祈りの唄をささげ、今日一日の加護を願う。この作業に伴う仕事唄が、木おろし唄である。
 今朝出でて 今こそ歌うて登りおる 登り木の下枝さらえてせび(芯)立てて
  今日の日の守り神にぞ参らする 受け取り給えよ山の神
 作業の取りかかりに歌われる「朝の登り木の唄」で、これから手順に合わせて、「昼の登り木の唄」「夕べの降り木の唄」と続き、その中ほどで「仕事の注意唄」「木の上の眺望の唄」などの多様な中唄が歌われる。自然への畏敬(いけい)と調和、居場所の明示、緊張感の持続などが、歌唱の目的になっているようだ。
 東山こうぞうが嶽より 出る日月は 西に向かいて急がれる 西に向かいし嶽だけにぞ
  夕日輝く 最早 夕の六つ半 身よせの降り木時なり 今日十二が時を守り給いて
  身どもが木おろし無事にて 今ぞおきを参らする
 一日がつつがなく終わると、男たちは「夕べの降り木の唄」を歌い納め、山路をわが家へとたどる。山村の暮らしの文化の原点とも言える「米良木おろし唄」は、日本音楽の古層につながる律音階形式の民謡で、今では九州山地の限られた地域でしか耳にすることが出来なくなっている。またここには「花の熊本」や「桃と桜」などの粋(いき)な都節も、豊かに歌い継がれている。
 これには、かつて盛んだった人吉藩との文化や産業の交流が大きく影響しているようだ。
 西米良地方の民俗芸能の多層性は、生きた資料館としての魅力をも併せ持っている。
原田 解
メモ
 「西米良村歴史民俗資料館」には、焼き畑に関する資料が多数展示されている。「ツク」と呼ばれる木おろしの作業に用いる道具をはじめ、なた、木挽(びき)のこなどの山樵(きこり)用具や、猪なわ、鹿笛、虎ばさみといった狩猟用具およそ1000点が展示されている。役場から歩いて5分。西米良の芸能や習俗に関しては、村所在住の中武雅周氏(郷土史家)の著作、「米良の荘」「米良風土記」ほかがある。





木おろしに使われた道具の写真
木おろしに使われた道具
(西米良村歴史民俗資料館)


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