みやざきのうたと芸能101ロゴ ひえちぎり唄

 
●収穫作業の疲れ癒す
 「百済の里」として注目を集めている南郷村は、九州山地と太平洋とを結ぶ交通路の古くからの要所で、民俗学者の柳田国男も、1908(明治41)年、この地を経由し椎葉入りをしている。
 面積のほとんどを山林が占める村では、隣接する米良や椎葉と同じように、長い間暮らしを林業や焼き畑に頼ってきた。歌い継がれる「ひえちぎり唄」は、それらを背景にした仕事唄(うた)である。
 お日といっしょに家をば出たが お日は山端にわしゃここに ソージャロバイ
 しばし待ちやれ この手ご一つ ちぎりゃ俵がまるくなる ソージャロバイ
 周囲を山に囲まれ耕作地が少ないため、傾料地を焼き畑にして雑穀を栽培するしか手だてが無い。そこで人々は木場を開き、ヒエやアワやソバを輪作した。
 そして迎えた秋半ば、実ったヒエを収穫する際に、谷あいで歌われたのがこの唄である。曲名からヒエの穂を手で摘み取る姿を連想しがちだが、実際は小刀やかまの刃先で切り取り、手ごと呼ぶ腰かごや袋に入れられた。
 かかよ喜べ 今年のヒエは にどりするよな ヒエが出来た
 日の出から日暮れまでの作業は単調でつらく、それぞれが唄を歌って疲れを癒(いや)し、お互いの居場所を確かめたと、渡川の歌い手は語っている。そのためか、節調にもどこか切なさややるせなさが漂っている。
 身ども奥山の 高木のせびよ 風に吹かれてなよなよと ヤーレソージャロバイ
 同じ旋律型と〈七七七五〉の詞型、それにはやし言葉を持った、西部市銀鏡地区の「ソージャロバイ」である。この民謡は「木下ろし唄」の中唄だが、独立して宴席などでも歌われている。歌詞も節の流れも、情感にあふれた佳曲である。なおせびとは神が宿るとされる梢(こずえ)の木の芯(しん)のこと。
 銀鏡地区と南郷村は、オサレ山(1,152メートル)を巡り隣り合っている。しかも焼き畑という共通項を持つ。どちらが影響を与えたかの課題を含め、芸能文化の流れを探る上での、興味ある課題と言えよう。
 こうした山里の原風景も、時とともに移り変わり、現在の村は歴史と地場産業を生かした国際交流の観光地として、新しいスタートを切っている。ぜひともその中に民謡を生かしてほしいものだ。
原田 解
メモ
 南郷村には「ひえちぎり唄」のほか、ユニークな盆踊り唄の「いだごろ音頭」、共同作業で歌われた「かせ切り唄」、婚礼の際の「嫁取り唄」などの民謡が歌い継がれている。また最近は国際交流を通じての韓国の農楽「サムルノリ」も、盛んに行われている。





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