みやざきのうたと芸能101ロゴ ひえつき節

 
●明るい節調の仕事唄
 九州山脈の中ほどに位置する椎葉村は、平家の落人が隠れ住んだと言い伝えられる山里である。険しい山々に囲まれた秘境は耕作地が少なく、また県内でも数少ない降雪地帯のため、稲作に向かず、戦後しばらくまで暮らしのあらかたを、焼き畑による雑穀栽培や狩猟に頼ってきた。そしてその中から風土色の濃い民謡や神楽などが、多様に生み出されている。「ひえつき節」はそれらを代表する、全国区の民謡である。
 庭のさんしゅの木 鳴る鈴かけて 鈴の鳴るときゃ 出ておじゃれよー
 鈴の鳴るときゃ 何と言うて出ましょ 駒に水くりょと 言うて出ましょよー
 なんぼ搗(つ)いても このヒエ搗けぬ どこのお蔵の 下積みかよー
 文字通り収穫したヒエを食用に搗く際の仕事唄(うた)である。椎葉型と呼ばれている律音階の、明るくしなやかな節調で、歌詞もバラエティーに富んでいる。
 この村では晩秋から初冬にかけ、農家の土間や庭先などでヒエ搗きが行われ、近在から見物客が押しかけ大いににぎわった。いったん蒸して甘皮を取ったヒエを、木臼(うす)に入れ杵(きね)で搗くのがおおよその手順で、搗き手6人に加勢手1人の7人1組が、もともとの形とされてきた。それら6人の搗き手が木臼を囲み、威勢よく杵を振るう6本杵の呼吸が、唄のテンポを左右している。一般に「正調ひえつき節」と呼ばれている、鄙(ひな)ぶりの弾んだ歌唱がそれで、集落ののど自慢たちが、搗き手の手をそろえ、疲れを癒(いや)すために歌いはやし、現場の雰囲気を盛り上げた。長いフレーズを一息で歌い切る、自然で独特の息つぎは、山道を行き来し、傾斜面で作業をする日常と、深くかかわり合っていると思われる。
 何代も前から暮らしの中で歌い継がれて来た律音階の仕事唄は、昭和15年に宮崎市で開催された「建国博覧会」を機に、叙情味ゆたかなお座敷調の聞かせ唄に衣替えし、またレコード化されて、広く愛唱されるようになり、現在に至っている。その歩みは「刈干切唄」と同じように、昭和という時代の流れを写し取っていて、たいそう興味深い。
 かつて山々から立ち上った焼き畑の煙も、農林業の衰退や過疎化、それに流通や交通の変化に伴って、わずかに形をとどめるだけになってきている。こうした厳しい環境の中で、大切な暮らしの文化を何とか守り継いで行きたいという取り組みが、進められている。
原田 解
メモ
 「ひえつき節」は昭和8年、大阪のマーキュリー・レコード会社で、初めてレコードに吹き込まれた。歌っているのは名人・椎葉幸之助と椎葉ひろ子の2人、珍しいデュエット盤である。また伴奏にも大太鼓、横笛、三味線、拍子木などが使われている。復刻盤も出ている。





ひえ搗き風景の写真
鶴富屋敷前での
ひえ搗き風景


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