みやざきのうたと芸能101ロゴ 五ヶ瀬茶摘唄

 
●谷あい流れる粋な節
 五ヶ瀬町から西米良村にかけての九州山地は古くからの焼き畑地帯だが、また茶どころとしても知られている。
 「木を切れば茶が生える」と地元で言っているように、木場の林木を切り、火をかけて焼き払った後には、山茶が自生してくる。自然環境がその成育に適しているからだろう。名物の霧もまた、おいしさに一役買っているようだ。
 そしてここでは、山茶の生産と流通が暮らしの中に組み込まれ、民謡や芸能の泉源になっている。
 初夏の茶摘みで歌われる「五ヶ瀬茶摘唄」は、茶どころにふさわしい、楽しく弾んだ仕事唄(うた)である。
 茶つみ戻りは みな萱の笠よ どれが姉やら妹やら あなんだい なんだい
 この茶粗いが どの山の茶かよ どこの茶園の下積かよ あなんだい なんだい
 新茶の味わいにも似た都節風の、粋(いき)な節調がさわやかに谷あいを流れる。
 五ヶ瀬民謡の代表的な歌い手である小迫福三郎は、「五ヶ瀬地方では毎年5月の中ごろに、茶摘みをしとりました。茶の葉が太うならんうちに摘み取り、すぐに製茶をするので、休む暇のない忙しさでした。朝ははようから畑に出て昼過ぎまで葉を摘み、それから茶もみや茶いりにかかる、というあんばいでした。そうですな仕事が終わるのは、はようて真夜中、時には一番鶏が鳴き始めることもありよりました。そげなつらい仕事の中で、みんなの手を運ばせ、眠気を覚ますために、この唄をうとうたもんですわ。もちろん茶畑でも歌いましたがな」
 戦前の最盛期をこう振り返っている。当時の茶摘みはおよそ10日ほどだったが、まとまった人手が要るので、茶摘み衆と呼ばれる季節労働者が周辺からやって来た。若い女性も結構多かったので、地元の男性と毎日顔を合わせているうちに、ロマンスが生まれることも少なくなかった。
 茶摘みしまゆる 茶摘み衆は戻る 後に残るはみのと笠 あなんだい なんだい
 さぞかし思いも残ったことだろう。この唄は大正の初めに、静岡から招いた製茶技師が、青柳という茶の品種と一緒に持ち込んだものと言い伝えられている。
 初夏の山峡に流れた仕事唄も、最近は三味線の伴奏が付いて、いっそうあか技けした民謡に衣替えし、広く歌われている。
原田 解
メモ
 五ヶ瀬と駄賃つけルートで結ばれた諸塚村にも同系の「茶もみ唄」がある。節調はたいへんリズミカルで、晴ればれとさわやかに歌唱されている。この村にも静岡から製茶技師が指導にやって来ている。また隣接する椎葉村でも「那須茶摘み節」が歌われている。





山の茶摘み風景の写真
谷あいに唄が流れる
山の茶摘み


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