みやざきのうたと芸能101ロゴ 風田盆踊り唄

 
●上方の流れくむ風流
 県内にはかつての小藩文化圏と、東西に走る5つの流れの流域に、140を超える盆踊りが伝承されている。それに伴う「盆踊り唄(うた)」もまた多彩である。
 これらの盆踊りは戦後しばらくまで、踊り子が新盆の家を回り、門先や庭先で踊っていたが、現在は一部の地域に見られるだけで、ほとんどが広場に櫓(やぐら)を組み、夜を徹して歌い踊り、先祖供養をする形に移行している。
 その際に歌われるのが「盆踊り唄」で、おおかたは上方から港伝いに、あるいは北九州や大分などから陸路で運び込まれている。旋律は「江州音頭」や「河内音頭」の流れをくみ、口説(くどき)音頭は「鈴木主水」「炭焼き小五郎」など、共通する演目が主流になっている。
 それらの中でとりわけ地域色の濃くゆたかなのが、「風田の盆踊り唄」である。
 さて目出たきの この船は 細島出でて とびが島 美々津の風呂屋を馳せ過ぎて
 蚊口のかたを 馳せ過ぎて 住吉さんの嵐をば 片帆に受けて赤江灘(中略)
 上り下りと 折生迫 花の岬の しわす崎 花は咲かねど 葉がみごと
 かつて飫肥藩だった風田地区では、うら盆の8月14目から3日間、地区の盆供養行事として、新盆の家や広場で盆踊りを踊る風習が、戦前から続けられている。
 「泰平踊」によく似た風流踊りの古い様式がうかがえる芸態で、動きの流れや切れが見事である。
 その伴奏として歌われる盆踊り唄は「下り唄」とも呼ばれ、船唄23番から成っている。旋律は上方風の粋(いき)な音頭で軽く弾んでいる。「下り唄」の歌詞型は「泰平踊」のものと同系。飫肥藩の上方への船路を詠み込んだ「上り唄」を逆になぞったもので、細島、赤江、大堂津、油津といった港の風景が、旅絵巻として繰り広げられる。
 町は千軒油津や 出船入船かかる船 沖に一つの浮島は これぞ大島ぶたいてん
 こうして無事油津に帰港し、めでたく23番が歌い納められる。
 風田地区では早くから保存会を結成し、この唄と風習をしっかり守り継いでいる。
 地域の歴史や民俗と密接に結び付いた「下り唄」は、大切にしたい暮らしの民謡である。
原田 解
メモ
 風田地区にはこの盆踊り唄のほか、共同ため池の補修の際に歌われる「地しめ唄」や、完成を祝って歌われる「ぜふり」、それに「黒砂糖練り唄」などの民謡が残されている。また「泰平踊」とかかわりのある盆踊り唄として、南郷町に「谷之口てひ(太平)踊」が伝承されている。





盆踊り風景の写真
いまでも伝統を守り続ける
「風田の盆踊り唄」


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