みやざきのうたと芸能101ロゴ しょんが節

 
●婚礼や年祝いで披露
 「しょんが節」は、県内各地に歌い伝えられている祝い唄(うた)である。歌の結びに「ションガエー」のはやし言葉が付くところからこの名で呼ばれている。そうだ、その通りだの意。
 宮崎平野の中ほどに位置する新富町の「長寿の唄」も、その「しょんが節」である。新富町は野菜や花などの産地としてよく知られているが、戦前はむしろやかますの生産も盛んで、市が立つほどだった。そうした市の日の座敷や、産土神である水沼神社の祭礼、それに婚礼や年祝いなどのハレの場で、この唄はよく歌われている。
 高砂や高砂や 祝の餅をな 搗くときは 尾上の松でな臼を取り その枝小枝で杵を取り
  搗けや大黒 搗きやれ恵比須 中の手水取りゃ 福の神 ションガエー
 うぐいすがうぐいすが 今年はじめて伊勢まいり 伊勢の町ほど広けれど 一夜の宿をな
  借りかねて 浜辺の小梅に 宿を取り 泊まろとすれば追い落とす
  梅を枕にその葉をござに 空を眺めてホケキョ(法華経)読む ションガエー
 暮らしの喜びにふさわしく、晴れ晴れしい祝い唄である。同系の民謡としては延岡市島浦の、豊漁祈願の「ションガエ節」のほか、霧島山ろくの高原町や三股町などでもハレの席で歌われている。
 しょんが節なら塩屋がもとよ 東塩屋がほんのもと ヤーレ ションガエー
 二十三夜待ちゃ あれ誰がためな 主の身のため国のため ヤーレ ションガエー
 座に連なる者が祝言を高唱したあと、順送りで格調高く寿(ことほ)ぎ歌うのが、しきたりになっている。
 歌詞にもある通り、この唄は鹿児島県内を中心に、九州および西日本沿岸に広く分布している。
 唄の由来について、もともとは江戸時代に生まれた、三味線唄の「よいやな節」で、これが瀬戸内海を南下して行き、ヨイヤナのはやし言葉が、ションガエーに置き換えられたとの説がある。
 これなお座敷 祝いの御座よ 黄金花咲く 金がなる ヤー ションガエー
 つつがない暮らしの中に、こうしためでたい歌声が受け継がれ流れてゆくことが、唄の幸せであり、人生の幸せというものではないだろうか。
原田 解
メモ
 同類の民謡に諸塚村の「しょんがえ節」や、椎葉村の「奥山節」「正月の祝いの唄」などがある。また県内の祝い唄には宮崎市や佐土原町の「祝いめでたの」、門川町や西郷村の「しなの節」、南郷村の「石のしつ」があるが、とりわけ西都市の「祝いめでた」は、旋律が美しく格調高い。





水沼神社の写真
水沼神社の祭りでも
この唄が歌われた


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