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●子守娘のつらさ歌う |
キクは13歳、よその家にやとわれた住み込みの子守娘である。
あれは8歳の時だった。見知らぬおじさんがやって来て、お父さんとお母さんと3人で話をしていた。
おじさんの声は大きく、威勢がいいのに、お父さんたちの声がひそひそ声なのが気になっていた。
その夜のことだった。ごはんが済むのを待ってお父さんが言った。
「キク、昼間来ていたおじさんが、お前を子守奉公に世話するといわれるんだよ」
そして、
「なあに、子守さえしておればごはんだって腹いっぱい食べさせてもらえるし、盆や正月には着物だって買ってくださるというんだ」
キクはもう覚悟していた。隣のサヨもユキも、8歳になるとすぐに子守奉公に出されている。いつかは自分も、と思っていたのだ。
「いいよ」
キクはきっぱりと言った。ただ、その間そばに座っていたお母さんが、じーっと黙っているのが気がかりだった。
いよいよ明日、迎えのおじさんがやって来るという夜のことだった。
「向こうのお母さんの言われることをよーく聞くんだよ」
「決して口ごたえなんかするんじゃないよ」
「体だけには気をつけるんだよ」
この前は黙ったままだったお母さんが、今夜は同じことを何度も何度も繰り返す。
こうして始まったキクの子守奉公であったが、
−子守さえしておれば、銀のめしが腹いっぱい食べさせてもらえる、といったあの赤ら顔のおじさんの言葉とはまるで違う暮らしが、キクを待っていた。おばさんは、子守のほかに、炊事の加勢、掃除、洗濯、そして農作業の手伝いと、息つく間もなくキクに言いつけるのであった。
キクはあらためて子守娘のつらさを知らされた。そんな中で、おばさんが何かの用事で家を空けることがあった。すると近くの子供たちが誘い合ってキクのところに遊びにやって来る。キクの得意なむかし話やわらべ歌を聞くためだ。きょうの歌はまりつきの時に歌う歌だった。
おとっさん おっかさん 泣かしゃるな わしが十五になった時 西と東に蔵立てて
蔵のうしろに杉さして 杉がだんだんふとったら おとっさんもおっかさんも うれしかろ
ちょっと 一貫かちました
歌いながらキクは、だんだんと胸が熱くなり、にじみ出そうな涙を、やっとこらえていた。
高橋 政秋 |
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子守娘のつらい暮らしは、一方でその小さな胸にけなげな心をもはぐくんでいった。文中のキクに思わず拍手を送りたくなってくる。 |
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