みやざきのうたと芸能101ロゴ 一かけ二かけ三かけて

 
●定形ない身ぶり遊び
 わが国の古典芸能である身ぶり狂言、外国の芸能ジャンルのパントマイムなどの例を挙げるまでもなく、人間は鳥やけもの、そして他人のしぐさや口癖などを真似(まね)ることに、おかしさや楽しさを求めてきた。いわゆる模倣という衝動であるが、この種の本能に支えられて、種々の芸能なども生まれてきた。
 日本語の「学ぶ」が「真似る」を語源としている説など、示唆に富む話である。中でも成長期の子供たちはいわば模倣の天才であり、周りの事物に強い興味を示し、貪(どん)欲に自分の内に取り込もうとする。
 そこには、物まね─模倣という遊びが生まれ、劇遊びという形に再構成されていく。
 ここに挙げる歌は、諸県を中心に県下各地、そして全国各地に流布している身ぶり遊び歌である。もとより地区により、多少の異同はあるが、この歌ほど骨格の崩れない歌は少なかろう。
 一かけ二かけ三かけて
  四かけ五かけて橋をかけ
  橋のらんかん腰おろし
  はるか向こうを眺むれば
  十七、八の姉さんが
  花や線香手に持って
  姉さんどこゆくたずねれば
  わたしは九州鹿児島の
  西郷隆盛娘です
  明治十年十月に
  切腹なされた父上の
  お墓参りにまいります
  お墓の前に手を合わせ
  なみだぶつと唱えます
  もしもこの子が男なら
  士官学校卒業し
  梅にうぐいすとまらせて
  ホーホーホケキョと鳴かせます
 遊びは2人向かい合っての手合わせ遊びを土台にして進行していく。リズムは4分の2拍子、1拍目は自分で手をたたき、2拍目は相手と手を合わせる形が3行目まで続き、それぞれ橋を架けるしぐさをする。このあとはいずれも各自自由な身ぶりとなるが、その動作の工夫がこの歌遊びのおもしろさを高める。つまりそれぞれのしぐさに定形はなく、各自の思いつきで進められる。
 最後の「ホーホケキョ」では、各自大げさな動作をし、「バイバイ」と手と手を合わせ、別れる場合もあった。
高橋 政秋
メモ
 歌詞に見る通り、この歌は西南戦争以後、つまり明治中期以後に生まれた新しいわらべ歌である。以後急速に全国に流布するが、採集地域はとくに西郷崇拝者の多い所、この歌で西郷さんを知った子供も多かった。ただこれほど有名な歌が地元鹿児島の文献に見当たらないのが気にかかる。





一かけ二かけ三かけてのさし絵


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