みやざきのうたと芸能101ロゴ 郵便屋さん

 
●長縄跳びに取り込む
 史料によると、1人で跳ぶ縄跳び遊びは、古くから行われていたものではなく、その起こりは江戸の後期だろうとされている。
 またここで取り上げる長縄跳びは明治以降、米国から伝わってきた遊びのようである。したがって縄跳び歌といえば、長縄跳び用の歌が主流である。1人跳び用の歌は残っていないものか、と探しているうちに、1曲ほど串間市の笠祇地区で巡り合えた。
 一回もって一
  二回もって二
  三回もって三
  四回もって四
(以下同様に続く)
 このようにしてしくじるまで続けるのだが、いずれにしても大変な運動量を伴い、長くは続けられない。それに数が100の位になると、その数を唱えるのに苦労し、それがもとで手足がもつれていったものだ、と古老が話してくれた。
 新しく入ってきた長縄跳びは、遊びの要素が加わり、しかも自由な創造性も発揮できるなどの利点を持っていたため、あっという間に全国に広がっていった。長縄跳びの歌は「郵便屋さん」が主流である。それには次のような事情があるようだ。明治4年、わが国に初めて郵便制度が施行された。郵便脚夫と呼ばれる配達人が、郵便物をてんびん棒で担ぎ、12時という時限までに遅れないように駆け足で配達して回った。
 この当時珍しかった風景を、子供たちは、長縄跳びという新しい遊びに取り込んだ。名も形も一新させてしまったのであるが、新奇なものにいち早く反応する子供たちの本性がうかがい知れるようなできごとであったといえよう。
 郵便屋さん
  おはいり
  はいよろし
  手紙が十枚落ちました
  一枚二枚三枚四枚五枚
  六枚七枚八枚九枚十枚
  ジャンケンポン
  負けたお方は出てちょうだい
 多人数で遊ぶ時は、親と呼ぶ先頭の子について、遠くの立ち木を回ったり、ジャンケンをして勝ち残り遊びを組み込んだり、さまざまな所作をしたりして変化をつけて遊んでいた。縄跳びという全身運動の中に、さまざまな要素を組み入れた楽しい遊びであるが、近年この遊びがあまり見られないのは寂しい気がしている。
高橋 政秋
メモ
 近ごろ新しい装いを持った縄跳びが起こってきた。それはむしろ大人の世界の集団競技種目としてのコンテストという形である。運動量とチームワークを競う手軽な競技として成長してきている。ただ子供たちにとっての縄跳びには、やはり遊びの要素が不可欠なのではなかろうか。





郵便屋さんのさし絵


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