| 種畜場時代 | 畜産試験場(本場)関連事項 | 畜産試験場(川南支場)関連事項 | その他の事項 |
| 大正 9年 5月 | @5月11日に軍馬補充部用地を借り受けて「宮崎県種畜場」(西諸県郡高原村)を創設 A種畜場で種雄畜候補の牛・馬を導入し、育成事業を開始 |
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| 大正10年 2月 | 種畜場でめん羊を導入し、繁殖事業を開始 | ||
| 大正11年 2月 | 種畜場で種豚及び鶏の導入、羊毛の加工業務を開始 | ||
| 大正11年 | 種畜場に「養鶏部」を設置 | ||
| 昭和11年 4月 | 「役馬利用技術員養成所」を種畜場に併設 (昭和19年に改組) | ||
| 昭和12年 | 種畜場において、兎毛増産奨励のため家兎の繁殖及び子兎の配布事業を開始 | ||
| 昭和13年 4月 | 「宮崎種鶏場」(宮崎市天神山)として養鶏部門が種畜場から移転独立 | ||
| 昭和19年 1月 | 「畜産技術員養成所」を種畜場に併設 (昭和23年に改組) | ||
| 昭和22年 5月 | 「家畜衛生試験室」(宮崎市旭)が衛生課から畜産課に移管 | ||
| 昭和23年 4月 | 種畜場で乳用牛の繁殖事業を開始 | 「有畜営農指導所」を種畜場に併設 (昭和32年に改組) | |
| 昭和24年 | 種畜場が国の業務を受け継ぎ種雄馬の派遣種付けを開始(昭和38年度に農用機械の普及等により業務終了) | ||
| 昭和25年 4月 | @「農業試験場 畜産部」(宮崎郡生目村)新設 A 種畜場で山羊の繁殖事業を開始 |
「家畜衛生試験所」(宮崎市御船町)設置 | |
昭和25年 5月 |
種鶏場が「宮崎県種きん場」(宮崎市島之内)として移転 | ||
| 昭和25年 6月 | 6月25日に国から用地を買い受けて種畜場の所有地となる。 | ||
| 昭和25年 | 25年度予算で種畜場の整備費が承認され、研究室・人工授精室・畜舎等を建設し、人工授精業務を本格的に開始 | 種きん場の落成時に、「頌鶏塔」を建立 | |
| 昭和30年12月 | 「牛の子宮頸管粘液採取器」の発明で、家畜衛生試験所が全国発明協会長賞を受賞 | ||
| 昭和30年 6月 | 種畜場内に「霧島集約酪農指導所」を設置 (昭和55年に廃止) | ||
| 昭和31年 4月 | 種畜場でジャージー種の繁殖事業を開始 | ||
| 昭和31年11月 | 「川南分場」(児湯郡川南町)として中家畜部門が種畜場から移転独立 | ||
| 昭和31年 | 「営農部 家畜飼料研究室」に畜産部が改組 | 川南分場は昭和31年からの3か年計画で、めん羊・山羊施設、養豚施設、管理棟等を整備 | |
| 昭和32年 6月 | 「有畜営農技術員養成所」を種畜場に併設 (昭和37年に改組) | ||
| 昭和36年 9月 | 川南分場が全国に先駆けてイギリス及びスウェーデンからランドレースの種豚(雄3頭、雌7頭)を導入 | ||
| 昭和36年12月 | 川南分場でのめん羊・山羊の繁殖事業を廃止 | ||
| 昭和36年 | 種畜場で県内に分散配置されていた乳用種雄牛を集中管理する。 | ||
| 昭和37年 4月 | 「和牛生産改良センター」(高千穂町)を肉用牛の生産改良の拠点として設置 | ||
| 昭和37年 5月 | @「畜産技術員養成所」を種畜場に併設 (昭和47年に廃止) A5月5日に皇太子殿下、同妃殿下が、種畜場を視察される。 |
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| 昭和37年 | @昭和37〜40年度の施設整備(乳牛舎、人工授精施設、草地整備、機械整備等)により、酪農専門の種畜場に移行 A種畜場内に県営共同放牧場を設置し、乳用牛の受託放牧を開始 (43年度で中止) |
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| 昭和38年 4月 | 和牛生産改良センターの精液採取室、精液処理室、牛舎、管理舎等が竣工 | ||
| 昭和38年 8月 | 8月3日に常陸宮殿下が、種畜場を視察される。 |
| 総合農業試験場 | 畜産試験場(本場)関連事項 | 畜産試験場(川南支場)関連事項 | その他の事項 |
| 昭和40年 8月 | 総合農業試験場の設置に伴い家畜飼料研究室を「畜産部」、種畜場本場を「酪農支場」として発足 | 総合農試設置に伴い家畜衛生試験所を「畜産部」、川南分場を「肉畜支場」、種きん場を「養鶏支場」として発足 | |
| 昭和41年 8月 | 肉畜支場がアメリカからハンプシャーの種豚(雄1頭、雌2頭)を導入 | ||
| 昭和42年 3月 | 畜産部の飼料部門が佐土原町に移転 | 畜産部の環境衛生部門が佐土原町に移転 | |
| 昭和42年 8月 | 酪農支場内に「酪農研修館」を設置(平成4年度に改組) | ||
| 昭和42年10月 | 肉畜支場がイギリスから大ヨークシャーの種豚(雄1頭、雌1頭)及びランドレースの種豚(雄1頭)を導入 | ||
| 昭和48年 4月 | 4月8日に天皇陛下、皇后陛下が、第24回全国植樹祭を終え、酪農支場にお立ち寄りになる。 | ||
| 昭和48年 | 和牛生産改良センターが宮崎県家畜改良事業団の設立により、発展的に解消 | ||
| 昭和50年 5月 | 5月14日に常陸宮殿下、同妃殿下が、酪農支場を視察される。 | ||
| 昭和50年 | 酪農支場の繁殖科が、広域乳用種雄牛センター(熊本県)の完成(九州地域種雄牛の集中管理)に伴い廃止される。 | ||
| 昭和51年 4月 | 肉畜支場に「高千穂試験地」(総合農試 高冷地科跡地)を設置 | ||
| 昭和55年 3月 | 肉畜支場の「高千穂試験地」を廃止 | ||
| 昭和55年11月 | 肉畜支場25周年記念式典の開催 |
| 畜産試験場時代 | 畜産試験場(本場)関連事項 | 畜産試験場(川南支場)関連事項 | その他の事項 |
| 昭和56年 4月 | 「宮崎県畜産試験場」の設置 ( 総合農業試験場から分離独立 ) | ||
| 昭和57年 | 畜産試験場の移転整備のため、昭57〜平6年度にかけて研究棟、肉用牛舎、供卵牛舎、乳用牛舎等の整備を実施 | ||
| 昭和58年 4月 | 本場を高原町に移転し、「肉用牛部」、「酪農部」、「畜産部」を新設 | ||
| 昭和58年 8月 | @肉用牛部門が、肉畜支場から畜産試験場(高原町)へ移転 A畜産部飼料科が、畜産試験場(高原町)へ移転 |
畜産部環境衛生科が、肉畜支場へ移転 | |
| 昭和59年 4月 | 「副場長(総括・技術)」制を新設、畜産部を廃止し「飼料草地部」を新設 | 肉畜支場を「川南支場」に改組 | |
| 昭和60年 3月 | 近赤外分析器を設置し、畜産試験場をメインとする「自給飼料分析指導センター」体制を整備 | ||
| 昭和61年 4月 | 養鶏支場を廃止し、「養鶏科」として肉畜支場に統合 | ||
| 昭和61年11月 | 11月18日に皇太子殿下、同妃殿下が、第10回全国育樹祭を終え、畜試にお立ち寄りになる。 | ||
| 昭和63年 4月 | 管理部を「管理課」とし、肉用牛部と酪農部を統合し「大家畜部」を設置 | 川南支場の肉豚科と育種科を統合し「養豚科」を設置 | |
| 平成 2年 4月 | 大家畜部繁殖科を廃止し「生命工学科」を設置 | 「優良家畜受精卵総合センター」が畜試内に設置され、同年11月から受精卵の供給を開始 | |
| 平成 4年 | 畜産試験場内に「畜産研修館」を設置 (平成7年度に廃止) | ||
| 平成 6年 4月 | 大家畜部を「育種部」に、飼料草地部を「飼養部」に改組 | ||
| 平成 7年 | 平成7年度から川南支場の整備(ウインドウレス豚舎、SPF豚舎、ウインドウレス鶏舎等)に着手 | ||
| 平成 9年 4月 | 川南支場施設整備事業着工 |
| 平成 9年 9月 | 川南支場40周年記念式典の開催 |
| 平成14年 3月 | 川南支場施設整備事業完了 |
| 平成19年 4月 | 畜産試験場と優良家畜受精卵総合センターを統合再編各部の科を廃止し「副部長」を設置(2部5科を3部3副部長体制に変更) |
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