1 はじめに
宮崎県20万分の1地質図第4版が1981年に出版されて以降,宮崎県の秩父帯や四万十帯では,地質分布や地質構造に関する多くの研究がなされてきた.秩父帯では,白岩山衝上断層と呼ばれる大規模な衝上断層の存在が示され,黒瀬川帯の花崗岩類などが根なしであることが明らかにされた(村田,1981).また,地層の時代もコノドント(村田,1981)や放散虫(曽我部ほか,1995a),二枚貝(田代ほか,1991,1993;曽我部ほか,1995b)などで新しいデータが得られた.四万十帯でも,付加体ととらえる新しい考えが示され(勘米良,1976,1977;坂井・勘米良,1981),放散虫・浮遊性有孔虫を用いて地層の時代に関するデータが蓄積された(坂井ほか,1984;加藤ほか,1984;Nishi, 1988;酒井,1988aなど).また, 低角な衝上断層に伴ったデュープレックス構造(村田,1991,1995)や, 赤・緑色珪質泥岩の薄い衝上シート(木村ほか,1991;村田,1995)など,地質図スケールの地質構造に関して多くの新しい知見が得られた.さらに,この間,宮崎県内で,地質調査所による5万分の1地質図幅も,「諸塚山」図幅(今井ほか,1982),「宮崎」図幅(木野ほか,1984),「蒲江」図幅(奥村ほか,1985),「尾鈴山」図幅(木村ほか,1991),「末吉」図幅(斉藤ほか,1994),「椎葉村」図幅(斉藤ほか,1996)と出版され,地質分布,地質構造,地層の時代などで多くのデータが蓄積されていた.また,九州地方土木地質図(20万分の1)(九州地方土木地質図編纂委員会編,1986)も刊行された.
宮崎県20万分の1地質図第5版では,これらの成果を生かすとともに,詳しい地質分布が得られていなかった「村所」,「須木村」,「小林」,「熊田」などの各図幅地域の調査も行ってきた.また, 秩父帯,四万十帯ともそれぞれの地帯で,できる限り同じ基準で宮崎県全域の地層区分を行うために,以前から5万分の1地質図幅が公表されていた地域や,新しく地質図幅が公表された地域も含めて,県内の広域の調査を行った.特に,調査および編集の過程で,主要な衝上断層の位置・地層区分などで,第4版から大幅に変更しているものがある. 宮崎県20万分の1地質図と同時期に,地質調査所より詳細な20万分の1「宮崎」地質図幅 (斉藤ほか,1997)が出版されたが,印刷時期が重なったため,残念ながらその成果は取り入れられていない.
本書では,次章で宮崎県に分布する地質について,宮崎県20万分の1地質図の凡例にのっとって概略を説明し,その後,今回,最も修正を加えた四万十帯の層序・地質構造の説明を行う.なお,今回修正することのできなかった宮崎層群や第四系の詳しい説明については,宮崎県地質図説明書第四版(宮崎県,1981)を参照されたい.
宮崎県地質図を利用する際の注意事項
宮崎県20万分の1地質図第5版や本書では,岩石名については一般的と思われるものを用いたが,第4版では使われていなかったものがある.それは四万十帯に広く分布し,秩父帯にも分布する乱雑層というものである.これは従来,剪断泥質岩とか,変形した砂岩泥岩互層などとされていたものである. 乱雑層という用語は,泥岩の基質中に様々な大きさの砂岩などのブロックが含まれているものに対して,単に露頭における岩質の記載用語として用いられるもので,成因を含まない用語である.また,乱雑層の一部は混在岩層と呼ばれたりする. 乱雑層が2万5千分の1程度あるいはそれより小縮尺の地質図に表示できるほどまとまって分布していれば,成因を問わない用語であるメランジュと呼ぶことができる(Raymond, 1984).宮崎県地質図は20万分の1という小縮尺なので,本地質図に示されている乱雑層はメランジュと呼べる.もうひとつは,日向層群・日南層群中の赤・緑色珪質泥岩で,後述のように,赤色部と淡緑色部からなる少し珪質な泥岩のことである.
宮崎県20万分の1地質図第5版を見るにあたって,以下の点に留意すると,理解の手助けとなる.地層や火成岩の配色については,地層名や火成岩の時代が異なっていても,原則として,同じ種類の岩石は, 同じ系統の色となるようにして,利用者が色によって岩相を識別しやすいように配慮した. 例えば,四万十帯では,砂岩は原則として黄色系統,泥岩は水色系統,砂岩泥岩互層は黄緑色系統,乱雑層(メランジュ相)は褐色系統,玄武岩質火山岩類は緑色系統,チャートはだいだい色系統,赤・緑色珪質泥岩は赤色系統を用いた. 秩父帯では,チャートはだいだい色系統,石灰岩は青色系統,玄武岩質火山岩類は緑色系統を用いた.第三紀の花崗岩や岩脈,溶結凝灰岩は朱色からピンク系統の色を用いた.火成岩岩脈の色が,日向層群中の赤・緑色珪質泥岩と似た色になっているため,注意していただきたい.
本地質図の利用者が,5万分の1の地質図や地形図と対応されることが多いと考えられるため,地質図に5万分の1の図幅の境界を細い線で示されている.なお,5万分の1図幅の各名称は,引用文献の後に付図として示されている.
本書では,宮崎県を北部,中部,南部と使い分けて地層の分布地域の説明を行うことが多い.宮崎県北部はおおむね日向市よりも北側,中部は日向市から宮崎市付近まで,南部は宮崎市よりも南側の地域を指している.