みやざきの神話と伝承101ロゴ 33 三毛入命伝説
 
 
 
       
  ●高千穂で鬼八を??退治??
 ミケイリノミコトは、御毛沼命(ミケヌノミコト)とも呼ばれる。古事記では、神武天皇となったカムヤマトイハレヒコの兄である。
 高千穂の宮にいたミケイリは、兄弟たちとともに東遷のために出発した。ところが、ミケイリの船は強い風波のために押し流され、本隊と離れてしまい、高千穂に引き返した。
 東遷に出発した後、高千穂地方では、鬼八(きはち)という悪者がいて、あちこち荒らし回って、人々を苦しめていた。ミケイリは高千穂の古都を荒らす鬼八を退治しようと決心した。
 このことを知った鬼八は、ミケイリが引き返す道筋で邪魔を始めた。鬼八は、非常な健脚で山野を走り回ったり、悪霊を呼んで雨を降らせたりする術を使ったので、ミケイリは大変苦心した。
 ミケイリが高千穂に向かって引き返す途中、川が増水して渡れなくなった。ミケイリは浅瀬を探して綱を両岸に張り、無事に渡った。この川が綱の瀬川である。さらに進んで、日之影町にある阿下(あげ)という村に着いた。ここで宿泊、その場所を御泊(おとまり)、また、その地に衣服を脱いで掛けた岩があり、この岩を「座敷のもと」と呼ぶようになった。
 そこから舟の尾という村に出て、この村で食糧を入れた俵を集めて積み上げた。そこは今も俵石といっている。
 鬼八は、先々で大雨を降らせて邪魔を繰り返した。ある日、ミケイリは何とかして雨を止めようと思い、天の神々に祈念した。するとたちまち雨がやみ、日が差し始めた。日之影の名前はこのとき、日の姿が見えたところということで名付けられたという。
 宮水の村でも大雨に遭い、道端の大木の洞穴で休んだ。雨がやんで出発するとき、休息の記念に自然石2個を残した。村人はこの石を神石として祭った、石は今も宮水神社に祭られている。
 大雨に遭ってミケイリのはかまが汚れていたので、村人が洗ってやった。この村は、袴谷(はかまだに)という村になった。この村から上手に波瀬という村がある。ミケイリはここでも休憩した。そのとき、腰掛けた石を腰掛け石という。この石を粗末にすると急に腹痛が起こった。村人はしめ縄を張って波瀬神社の境内に祭った。
 ミケイリは高千穂に帰り、苦心の末、鬼八を退治した。それから高千穂地方は平和な村になった。
甲斐亮典
 






袴谷、波頼の集落の写真
袴谷、波頼の集落。
ミケイリノミコトの足跡が残る

       
 
 
 

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