みやざきの神話と伝承101ロゴ 78 まま子滝の伝説
 
 
 
       
  ●幼女と継母の魂眠る
 その昔、須木村の山深い滝の近くに若いきこりの夫婦が住んでいた。彼らには1人のかわいい女の子がいた。山の中の一軒家でも、親子水入らずの生活はとても楽しいものであった。
 四季に移り変わる周囲の景色を眺め、日ごとに成長していくわが子の将来を思い浮かべながら、元気に働けることは夫婦にとって何よりの幸せと思われた。
 しかし、その幸せは長くは続かなかった。妻がふとした病がもとで、幼い娘を残して帰らぬ人となってしまったのである。平和で楽しかった生活は一瞬にして壊れてしまった。幼い娘を連れての深山での仕事はあまりにも無理があった。毎日の生活さえ男一人の手では思うままにならない。そこで、やむなく後添いを迎えることになった。
 娘はやがて6歳となったが、後入りの母は娘が邪魔で仕方がない。何かにつけてはきつく当たっていた。娘にとって頼りの父は朝早く家を出て、夕方遅く帰るので、継母と終日暮らすよりほかになかった。
 「ああ、お母さんが生きてくれていたら・・・」。子ども心に今は帰らぬ母親を慕って何度泣いたことであろうか。
 ある昼下がりのことであった。野良仕事を終えた継母と娘は、滝の上の岩に並んで滝を見下ろしていた。いつもは娘を憎む継母も、その日だけはやさしく、「しらみでもとってやろうかね」と言いながら、娘をひざに引き寄せ、髪をとかし始めた。
 すぐ真下の断崖(だんがい)を落ちる滝の水は、白竜が踊り狂うように地響きをたてていた。この継母に恐ろしいたくらみがあろうなどとは、つゆほども知らない娘は、うれしさで無心になって自分の帯と継母の帯の端とをしっかりと結んでいた。
 そのときであった。ころを見計らっていた継母は、自分のひざに寄り添う娘をこん身の力で滝つぼに突き落とした。しかし、千尋の滝つぼに落ちていったのは、いたいけな娘とその子を憎んでいた継母の2つの塊であった。
 それ以降、人々はこの滝を「まま子滝」と呼ぶようになった。この話を聞いた村人たちは、2人の供養のために観音像を祭った。それで「観音滝」とも呼ばれている。
 正式な名称は「須木の滝」。綾南ダム建設で湖の水位が上がったが、豊かに水をたたえる湖面に、滝音を響かせて落下する景観は雄大で、美しい。
首藤光幸
 






まま子滝の写真
まま子滝。
湖面に継母と子どもの物語が残る

       
 
 
 

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