みやざきの神話と伝承101ロゴ 概説
 
 
 
         
  1.日向神話の構成    
     日本神話の中心は古事記・日本書紀にみえる神話である。この2つの書の神話は必ずしも同じではないが、全体としては1つの筋をもっていて、日本国と皇室の創生の物語が中心となっている。その物語の舞台は3つある。日向と大和、そして出雲である。
 出雲の場合は大方が独立した物語で展開する。それに対して、日向と大和の場合は、天・地・海の神の世界から日向へ、日向から大和へと連続した物語として展開する。
 このように2つの書は、内容上は、大きくは「神の世界の物語」から「日向での神と人との物語」そして「日向から大和の人」の物語へと展開する。
 なかでも注目されるのは、日向を舞台とした「神」の世界から「神と人」の世界として展開し、それは「日向三代神話」とよばれている。
 それはアマツカミ(天神)「ニニギノミコト」の御代の
  1「天孫降臨」
  2「コノハナノサクヤビメの結婚」
  3「火の中の出産」
 同「ホホデミノミコト」の御代の
  4「海幸・山幸」
  5「海宮遊行」
 同「ウガヤフキアエズノミコト」の御代の
  6「ウガヤフキアエズの誕生」
 それに神武天皇の
  7「神武東征(東行)」
 以上7つの物語が主たる内容になっている。そしてその物語の展開は、アマツカミ(天神)とその子孫がクニツカミ(地神)のヒメ神と、さらにはワタツミノカミ(海神)のヒメ神と結婚し、人皇であるカムヤマトイワレビコノミコトが誕生するという構成になっている。これは、アマツカミ(天神)によるクニツカミ(地神)とワタツミノカミ(海神)の統合の上に人皇初代が生み出されたという古代の人々の考えが表わされていて、これが日向を舞台としている神話の特色である。
 なぜ古代国家のなかでも、都から遠くはなれた僻遠の地にある日向が、これらの物語の舞台になったのであろうか。それは一口でいえば、この物語が創りだされる時代に、日向が朝廷と深いかかわりを持っていて、日向を無視できない事情があり、また物語の展開の上で最もふさわしい土地とみられる要素があったことが考えられる。歴代天皇にかかわる日向の女性が物語のなかにしばしば登場するのもそれらを示唆しているものと思われる。
   
             
  2.日向神話と現代    
     人間は生きていく上で、生と死という重大事をはじめ、人間の存在を問うさまざまな問題をかかえている。
 それは古代の人にもわからない、また現代の人にも今もって答えられないものが多い。我々はそのような問題をかかえながら人間の歴史を生きている。
 日向神話のなかで、古代のひとびとは疑問に思ったこと、不思議に思ったさまざまなことに答えを出そうとする。いくつかの例をあげてみよう。
(1)人にはなぜ死があるか
   
       生あるものには必ず死がある。なぜ死があるか。これはいまだに古代人も現代人も解きえない問題である。この問題にとりくんだ古代人は、神話のなかで、美醜に迷った神の仕業と考えた。
 地上に天降ったニニギノミコトは、クニツ力ミノムスメであるコノハナサクヤヒメを見染めて、結婚をクニツカミの父神に申し込んだ。父神は姉ヒメでシコメ(醜女)ではあるが、永遠に続く生命をもった大地の象徴であるイワナガヒメをもさしだすことを申し出た。ところがニニギノミコトは美しいコノハナサクヤヒメだけを選んだ。コノハナサクヤヒメは、春には花が咲きほこるが、やがてはかなく散って行く限りある生命の象徴であった。
 クニツカミの父神は、ニニギノミコトの選択を大変なげいた。ミコトとコノハナサクヤヒメの間に生まれてくる神々や人皇たちは、生あるものは必ず死を迎えるという有限の生命をもってうまれてくることになった。不老長寿の願いは今もって人間の大きな関心事である。
   
    (2)疑心と嫉妬は人の性である    
       疑心と嫉妬は人間の醜悪な性(さが)である。
 ニニギノミコトと結婚したコノハナサクヤヒメは一夜にして身ごもった。ミコトはいくら私がアマツカミであっても一夜をともにしただけで身ごもるとは、自分の子供ではないのではないかと疑念をもった。このことを大変悲しんだヒメは、出口のない産屋に入り、火を放って無事に出産することで身のあかしをたてた。
 疑心と嫉妬は人間の世界では絶えることがないが、これに対処する方法も決め手もなく、いつの世にも悩みはつきない。古代の人々は、人間の能力を超えたところにその解決をもとめた。
   
    (3)好奇心と海陸での生活    
       トヨタマビメはホオリノミコトのミコを生むために、鵜の羽の産屋を作りはじめた。それが終わらないうちにミコが生まれそうになった。そのときヒメはホオリノミコトに「子を生むときは私の身は本国(ワダツミの世界)の姿になるので見ないでください」と頼んだ。
 見るなといわれれば、どうしても見たくなる。ふしぎに思って覗いてみると、8丈もある大きな鰐がのたくっていた。トヨタマビメは本姿を見られたことを恥じて海への道をふさいで海宮に帰った。
 人間は未知のものに対する大きな好奇心を持っている。見るなといわれれば見たくなる。それに対して自制できない弱さをも持っている。
 また人間はどうして海で生活できないか。どうして海と陸の間で往来ができないのか、というのも古代の人々以来の課題である。古代の人々は好奇心に駆られ自制できなかったアマツカミの末孫である人間に、ワダツミノカミが道を閉ざしたからだとした。
   
             
  3.日向神話の地方的展開    
     宮崎の神話・伝承をみると、次のような特徴を持って分類できる。    
      1 「記・紀」そのものをその地域のものとして理解しているもの。    
      2 「記・紀」のなかの神話と地域に伝えられた伝承が相互に影響しあって、その地方特有の物語として展開しているもの。    
      3 「記・紀」に左右されずその地域の独自の伝承として展開したもの。    
     ここでは宮崎の神話・伝承に多い?Aの場合について考えてみる。
 「ウガヤフキアエズの誕生」の場合では、日南海岸にある鵜戸神宮の由緒や祭神それに現在行われている神事とも関連して、つぎのような伝承として発展する。
   
      1  ホオリノミコトが、産屋をのぞき見したとき、松明の一片を灯して、のぞき見したので、宮前の吹毛井の村では、12月には松明を灯さない。    
      2  トヨタマビメは生んだばかりのミコを捨ててワタツミノ宮に帰ったが、ミコのために自分の乳をちぎって投げ与えると、それが岩にはりついた。それが御乳岩である。その御乳が、鵜戸神宮名物のオチチアメである。    
      3  自分の正体をホオリノミコトに見られたワタツミノカミは、その恥ずかしさと、自分の正体を見たホオリノミコトに対する恨みと、自分が生んだミコを失う悲しみ、その情念が1つの炎となって噴き出しだのが霧島山の噴火である。    
     この話の展開には、真言宗系の修験者を介して鵜戸山と霧島山の信仰が結びつく歴史的背景があると思われるが、このようにさまざまの形で、その地方特有の伝承となって展開する。それには地名や産物についての伝承や豊作・豊漁(猟)を祈る予祝神事などのような我々の今の生活に直結する形のものが多いのも特徴である。
永井哲雄
   

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  日向三代の系譜
   
 
日向三代の系譜
   
       
       
 
 
 

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