第2章 開発・保全と地質

1.岩石・地層の水文的機能

 水は環境資源としても最も重要なものの一つである。幸いにして本県は水に恵まれること本邦最大と言ってよく、年平均降水量を仮に2,500mmと見積もれば、本県には年間約190億m3、日量平均約5,000万m3の水が与えられていることになる。しかし、その大部分は洪水流量として、いち早く日向灘に放出されるので、実効的な水量は基底流量と呼ばれるものである。これは長期間降水がない次期(低・渇水期)でも、ほぼ定常的に流れている水量である。若し降水が直接岩石の表面を流下するとすれば、五ヶ瀬川や大淀川のような大河川でも、数日を出でずして河の水は涸渇する筈である。

 基底流量は降水の時間差流出によって維持される。時間差流出の最も著しいものは地下水である。言い換えれば基底流量は土壌・岩石・地層の保水機能によって維持されていることになる。言うまでもまく森林の保水機能は高く評価されなければならないが、これについては後で触れる。地下水の浸透・流動は透水性に左右されるから、表層土壌を含む岩石・地層の保水機能は、それぞれの透水性によって異なる。一般には透水性が大きく、岩体の規模が大きい岩石・地層ほど保水機能が大きいと見てよい。

 地下水が存在し、流動しやすい堆積物として先づ思い当たるのは、表層土壌・ローム層・未固結の砂礫層それに山腹斜面に発達する岩屑堆積物(崩積土)などであり、崖面などでこれらの堆積物から地下水が湧き出ている場面は経験的にも知られる。地質図に示されるような広く分布する岩石・地層については、その種類ごとに、それぞれが主として分布する流域における河川の基底流量を測定し、それを単位流域面積のものに換算した値、すなわち基底比流量を比較することによって、各岩石・地層の相対的な保水機能を比較することが出来る。基底比流量が0.01m3/sec/km2いうことは、流域面積1ku当たり毎秒0.01m2の地下水が、低・渇水時にも湧き出していることを意味する。これは日量で864m3となり、その流域が100km2あるとすれば86,400m3の水量となる。基底比流量は地形・気象・植生などの諸条件も加わった結果として表れるものであるが、本県の場合はそれらの条件には大きな差はなく、流域の比較においては、地質条件の差が最もよく表れると見てよい。

 日本の河川について流域岩層のごとの基底比流量を総合すると、第2表に示すような特徴が見られる。また、本県における主要河川にて大流量に対する基底比流量を第3表に示したが、第2表と同様に流域岩層による違いがよく表れている。ただし、耳川の比流量値は固結堆積岩類の流域としては異常に大きく、再検討を要するが、測定時点とダムの影響などが反映しているかも知れない。次に霧島火山周辺において、比較的小流域ごとに測定された結果に基づいて基底比流量を求め、第4表のような値が得られている。ここで、年間降水量を3,000mmとすれば、地下水流出率(降水量のうち、一旦地下に浸透した後、再び地表に湧出して河川に合流する水量の割合。)は、シラス台地で40〜45%、旧期溶岩類で28〜44%、新期の火山体では76%前後に達する。なお、都城盆地における基底比流量を比較すれば、大淀川本流・圧内川・横市川などシラス台地を主流域とする河川では、0.029〜0.032m3/sec/km2を示すのに対して、沖水川・萩原川・東岳川など鰐塚ー柳岳山地を主流域とする河川では、0.007〜0.01m3/sec/km2と対照的な値を示している。これは、鰐塚ー柳岳山地に発源する河川は、洪水時にいわゆる鉄砲水を一度に流出させ、低・渇水時における流量は極めて小さくなることを示し、それらの下流沿岸に大きな扇状地が形成されている理由もうなずける。

 以上の通り、火山噴出物など多孔質の岩層は保水機能が大きく、いわば天然の地下ダムの役割を果たしている。このことは、地方では洪水調節機能を果たしていることも意味する。例えば、地下水流出率が40〜70%の火山噴出物が若しなかったと仮定すれば、そこには地下水流出率10%前後の四万十累層群が主に残ることになる。この場合は大ざっぱに言って、低・渇水時の河川流量は1/4以下に減少する反面、洪水流量は1.5〜3倍に増加することが予想される。霧島火山体や火砕流台地の現状保全が重要なゆえんである。なお、石灰岩は第2表にしめされる通りシラス台地に匹敵する大きな基底比流量を示すことが知られており、本県でも、五ヶ瀬川や耳川においてのその効果の一端が現れていると推定されるが、本県では石灰岩地帯のみに関する測定結果は得られていない。

 以上を総括して本県に分布する主要岩層ごとの水文的機能(保水機能ー洪水調節機能)を比較すれば第5表のようになる。同表において水文機能指数としたものは、基底比流量0.01m3/sec/km2を1とした場合の相対的な評価を意味している。

 なお、森林特に極相に近い自然林は、その厚みのある構成によって豊かな土壌を形成し、降水を適度に分散させながら、多孔質なその土壌を通じて地下に浸透させるとともに、その土壌や岩石・地層を風雨から護る役目を果たしている。すなわち、岩石圏と一体となって地下水涵養、低・渇水流量の維持及び洪水調節を行うとともに、斜面侵食の抑制にも役立っている。第3図はそれらの機能を体系的に示したものである。