(1) 四万十累層群下部

 主として四万十帯の北西部に分布する。市房山より北東方では地層の走向は北東ー南西性で、 大部分北西に傾斜し、多数の走向断層に切られて複雑な帯状構造を呈するが、人吉盆地で大きく屈曲し、 これより南では南北性と北東ー南西性の走向が交互する。

 四万十累層群下部は諸塚層群(今井ほか,1971)に相当し、その下半部は主として 泥質千枚岩・片状砂岩・砂岩粘板岩互層からなり、玄武岩溶岩及び火砕岩を伴い、ときに少量の チャートを挟む。泥質千枚岩及び片状砂岩の発達は五ヶ瀬川流域の槙峰付近で特に顕著で、 千枚岩帯はこれより北東方および南西方に追跡される。砂岩粘板岩互層葉普通厚さ30cm以下の 細粒砂岩と数cm以下の頁岩との板状互層で、延岡の北方に多い。下半部の砂岩は酸性火山岩片に富む 石質砂岩である。玄武岩溶岩及び火砕岩は泥質千枚岩中に多く、溶岩には枕状構造を呈するものもある。 この火山岩類に伴って、層状含銅硫化鉄鉱床がある。

 諸塚層群の上半部は砂岩と頁岩の種々の厚さの互層からなり、下半部に比べると砂岩に富み、 その多くはより粗粒である。砂岩は長石質砂岩である。砂岩頁岩薄互層部にはときに生痕や漣痕がみられる。 玄武岩溶岩及び火砕岩は数層準に認められるが、下半部に比べると量的には乏しい。上半部には2層準に礫岩がある。 仏像構造線付近の砂岩に挟在する礫岩は石灰岩の細ー中礫で特徴づけられ、諸塚村塚原の北西方に 連続的に分布する礫岩は火成岩類・古期堆積岩類などの円礫を含む中ー大礫礫岩からなる。 なお上半部には酸性凝灰岩の薄層が各層準にみられる。

 宮崎県に分布する四万十累層群下部からはまだ化石が発見されないが、その岩質・岩相・構造的位置及び 四国西部の四万十累層群との比較から、白亜系と推定される。おそらく諸塚層群の下半部は下部白亜系に、 上半部は上部白亜系に相当しよう。ちなみに、薩摩半島では上半部に相当する地層(諸塚層群椎葉層相当層) からアンモナイトなど上部白亜紀の化石の産出が知られている(松本ほか,1973)。