(2) 四万十累層群上部

 四万十帯の南西部に分布する。県内での分布範囲は北は延岡から南は都井岬まで南北約140km、最大幅35kmの広さに及び、地域によって地質構造や岩相に特徴があるので、北から日向地域・諸県(もろかた)地域及び日南地域に分けて、それぞれの特徴を述べる(第5図)。

日向地域

 四万十累層群下部(白亜系)と上部(第三系)とは北に底角度で傾いた衝上断層ー延岡衝上ーで境されるが、この断層の前線は破砕帯をなし、幅数kmにわたって剪断泥質岩が発達している(第6図)。これは神門(みかど)層(今井他、1979)と呼ばれるもので、北は延岡付近から南は小林市の北方まで追跡される。神門層の南縁も著しく低角度の衝上断層で限られる。この衝上断層の一部は大藪衝上(野田・橋本,1958)、他は日陰山衝上(今井ほか,1979)と呼ばれている。このために各地にクリッペ(根無しの衝上岩体)やフェンスター(地窓)がみられる。ただ尾鈴山の西の山腹に分布するものは、弧状をなした高角度の断層で西縁を画されている。神門層は全般に多数の衝上断層に切られて覆瓦構造を呈し、地層は著しく擾乱または圧砕されている。圧砕の程度は延岡衝上に近づくほど強くなる。主として剪断泥質岩と塩基性岩類からなり、砂岩頁岩薄互層・砂岩及び赤色凝灰質頁岩を伴う。塩基性岩類は玄武岩溶岩を主とし、同質火砕岩や少量の斑れい岩を伴う。大部分の溶岩は枕状構造を呈する。溶岩の上位には連続的に赤色凝灰質頁岩が重なる場合が多い(第7図)。


第6図 神門層の剪断泥質岩

 神門層の南東に広く分布する地層は日向層群(今井ほか,1979)と呼ばれる。これは砂岩を主とする地層・頁岩を主とする地層・砂岩頁岩互層・頁岩砂岩互層が東北ー南西性の一般走向をもって交互に帯状配列する。とくに市房山ー尾鈴山を結ぶ線より北側の地域では走向断層が多く、帯状構造が顕著である。しかし、これより南側の地域では、尾鈴山の北西で大きく屈曲し、小丸川沿いには走向の著しい変化が見られる。また一ツ瀬川上流、村所の西には北東ー南西方向の断層があり、この断層を境にして両側の日向層群の走向は大きく斜光する。なお、一ツ瀬川−小丸川間の地域には北からの衝上断層によって顕著な衝上地塊が発達する。これはその北に分布する神門層及び四万十累層群下部の衝上岩体とともに幾重も重なる衝上群の一部をなすものである。


第7図 玄武岩溶岩枕状構造 南郷村鬼神野美石群

 日向層群の砂岩は一般に細粒で、頁岩の小パッチを含み、石英が多く、白雲母がかなり含まれている。砂岩頁岩互層部には級化層理が比較的よく発達し、底痕・漣痕その他種々の堆積構造がみられる。延岡の愛宕山から南西に連続して発達する砂岩を主とする地層(今井ほか、1979の珍神山層)の底痕から得られる古流向は北西→南東が大勢を占めている。また随所にスランプ構造があり、礫質泥岩がみらえる。玄武岩溶岩及び火砕岩は存在しないが、赤色凝灰質頁岩は2〜3の層準にあり、よく連続して発達する。延岡市と門川町の境界付近にはスランプ構造に伴って礫岩がみられる。これらの礫は径1cm以下で、チャート・緑色岩・粘板岩・珪質岩・砂岩などからなり、基質は泥質または砂質である。

 日向地域は一般に化石に乏しい。現在までに知られているところでは、延岡の南方の頁岩中から有孔虫Cyclammina cf. tani ISHIZAKI, Porticutasphaera?sp.が採取され、その地質年代は始新世または中新世前期とされている(橋本、1961)。また北郷村宇納間の南に発達する頁岩を主とする地層中から始新世後期を示す有孔虫 Globorotalia(Turborotalia) cerro-azurensis(COLE), Globigerina unicuva primitiva BLOW & BANNER などの産出が報告された(堪米良・坂井,1975)。一方、門川町庵川付近からは Portlandia(Portlandella) cf. watasei (KANEHARA), Glycymeris chisshuensis MAKIYAMA, Venericardia subnipponica NAGAO など漸新世後期または中新世前期を指示する貝化石を産する(HASHIMOTO,1961)。これは橋本・宮久(1959)により門川累層とよばれた地層からの産出である。この地層は日向層群の一員とみなされる。なお、一ツ瀬川上流の横谷付近に分布する頁岩を主とする地層の南西延長部にあたる人吉盆地の南からは漸新世後期−中新世前期を指示する貝化石の産出が知られている(田村・原田,1971)。以上散点的ながら各地から産出する化石から、日向層群の地質時代は始新世から中新世前期に及ぶことがわかる。なお前述の神門層の地質時代は、化石による証拠はないが、日向層群下部と同じかより古いものと推定される。

諸県地域

 巨視的には下位の頁岩を主とする地層と上位の砂岩を主とする地層からなり、砂岩頁岩互層・礫岩・玄武岩溶岩および火砕岩を伴う。地層の走向は北部では東北東−西南西方向で北に傾斜するが、野尻町の西方で大きく屈曲した東にゆるく湾曲した弧状をなし、都城の南方で再び大きく屈曲して北東−南西方向となる。そして大局的にはΣ(シグマ)状の構造を呈する。宮崎層群の分布もこの構造によく対応している。この構造の外縁をふちどるように砂岩を主とする地層が分布し、これより内側は頁岩を主とする地層で占められる。鰐塚山と青井岳を連ねる山塊は砂岩を主とする地層からなり、頁岩を主とする地層中にあって北方に突出した分布をしている。

 この地域の砂岩は一般に細粒−中粒で、比較的淘汰がよく、頁岩の小パッチを含み、白雲母片に富む。組成的には日向地域の砂岩に似ている。砂岩頁岩互層には種々の規模のものであるが、中−薄互層には級化層理を示すものが多い。また各地で漣痕や底痕などの堆積構造がみられ、スランプ構造も多い。鰐塚山の南西の柳岳付近や荒平山付近には粗粒砂岩や礫岩が発達する。前者の礫は主に10cm以下の円礫亜円礫で、チャート・砂岩・頁岩・石灰岩などを含む(木野・太田,1977)。玄武岩溶岩は都城東方の東岳西斜面や柳岳の北西斜面、高岡山地、田野の南方などに分布する。これらのうちには枕状構造を呈するものがある。同質火砕岩のうち赤色凝灰質頁岩は上記溶岩に伴って分布することが多く、層序的には頁岩を主とする地層の上部および砂岩を主とする地層の下部に多い。なお、高岡山地の内の八重付近の砂岩頁岩互層中にはこれらの塩基性岩類に伴って厚さ1〜2mのチャートがある。

 諸県地域では化石の産出はきわめて稀で、ただ浦之名川の南岸で Acila sp. の1個体の産出(岡田,1977)及び田野町南方の楠原付近の頁岩中から珪化木 Taxodioxylon の産出(木野,1958)が報ぜられたにすぎない。しかし岩質や岩相的特徴は日向地域の日向層群に類似することから、その地質時代は日向層群と同様古新第三紀−中新世前期とみなされる。

日南地域

 諸県地域と同様、頁岩を主とする地層、砂岩を主とする地層、種々の規模の砂岩頁岩互層、礫岩、玄武岩溶岩および火砕岩などからなる。地層の一般走向は北東−南西性で北西に傾斜するが、大小の規模の雁行構造がみられ、これに伴う褶曲や断層が多く、とくに日南市・南郷町・串間市などでは複雑な地質構造を呈する。なお、日南地域のかなりの部分は首藤(1963)の日南層群で占められる。

 本地域の砂岩は一般に白雲母片や頁岩の小パッチを含む細粒−中粒砂岩が主であるが、所によって粗粒砂岩や礫質砂岩も発達する。砂岩の組成は日向層群のそれに似るが、カリ長石や火山岩片に富む。頁岩はしばしば泥灰質団塊や植物破片を含み、時に炭質頁岩を挟む。砂岩頁岩互層中には各地で種々の堆積構造がみられる。油津南方の猪崎(いざき)付近には底痕がよく発達しており、ここでは北東から南西への古流向が知られている(青山、1972)。同様の底痕は南郷町贄波(にえなみ)や串間市市木付近でも観察される。なお日向層群全般については、限られた資料ではあるが、北から南への古流向が多いことが知られている(岡田,1977)。

 礫岩は北郷町北河内付近や日南市酒谷の赤木ふきんなどにみられる。北河内付近のものは径2cm以下の小礫で、礫は砂岩・珪雁・粘板岩などからなり、基質は砂質である(木野,1958)。原田ら(1970)によれば、この珪雁はオーソコォーツァイト礫は串間市木舳(きへた)の付近でも発見されている。赤城付近のものは粘板岩・チャート・珪質頁岩などの円磨された中礫が主で、基質は粗粒砂である(首藤,1963)。また岡田(1977)は大矢取川上流に円磨した細−中礫からなる小レンズ状礫岩があり、アレナイト・圧砕花崗岩の礫があることを報じた。その近くの川床には中−大礫礫岩の転石があり、石英質アレナイト・微斜長石片麻岩・黒雲母花崗岩・緑色岩・チャート・粘板岩などからなるとも報じている。

 塩基性火山岩類は諸県地域より少ないが、男鈴山周辺、串間の北東方、都井岬の西の合六鼻付近にみられる。男鈴山や合六鼻付近には玄武岩溶岩があり、枕状構造を呈するものもある。赤色凝灰質頁岩は男鈴山周辺に多く、その他各地で断片的にみられるが、諸県地域にみられるほど連続性はよくない。なお首藤(1963)の日南層群南郷層中には厚さ25〜35cmの流紋岩質凝灰岩があり、日南地方全体を通じてよい鍵層になるとされている。

 日南地域は日向地域や諸県地域に比べると化石の産出が多い。とくに日南市・南郷町・串間市などでは、 Clycymeris cf. cisshuensis MAKIYAMA, Venericor cf. mandaica (YOKOYAMA), Venericardia cf. vestitoides MIZUNO, Cardium cf. kishimaenze NAGAO, Pitar kyushuensis NAGAO, Polinices? cf. nomii NAGANO, Turritella karatsuensis NAGAO などの貝化石や Globogerina venezuelana HEDBERG, G. rohri BOLLI, G. trilocularis d'ORBIGNY, G. ciperoensis angustiumbilicata BOLLI, Catapsydrax dissimilis(CUSHMMAN and BERMUDEZ)などの浮遊性有孔虫化石を産し、その地質時代は漸新世−前期中新世とされている(首藤,1963)。この他にもウニ Linthia praenipponica NAGAO,生痕 Helminthoidea sp. Paleodictyon sp. Spirohaphe sp, Cosmorhaphe sp., 蟹, 魚歯、タコの木 Pandanus の果実などの化石を産する。

 なお、日南地域の南西延長にあたる大隅半島佐多岬の四万十累層群からは下部暁新世−上部始新世を指示する小型有孔虫化石を産する(KUWANO,1960)。したがって、広義の日南層群の地質時代は暁新世から中新世前期に及ぶものと思われる。