1 北部地域

(1) 九 州 山 地

  豊後水道から八代海にかけて北東ー南西方向に走る九州山地は、標高1,000m級の山なみが重畳して九州の屋根をなし、 南東に向かって徐々に高度を減じている。県内では、九州山地は主に先新第三紀の堆積岩類と新第三紀の火成岩類によって 構成されている。先新第三紀の堆積岩類は北東ー南西方向に帯状配列をなし、巨視的には北西側ほど古い地質時代の岩層が分布する。 しかし山稜の伸びは北東ー南西方向よりは北西ー南東方向のものが多く、河川による浸食がかなり進んでいることを示している。
  
  新第三紀の火成岩類は帯状配列とは不調和に各地に分布する。火成岩を主とする祖母山(1,757m)、傾山(1,605m)、 尾鈴山(1,407m)などや、花崗岩からなる大崩山(1,643m)、市房山(1,722m)などが高峰をなしてそびえ、 花崗斑岩の環状岩脈は可愛岳(えのたけ 728m)、行縢山(むかばきやま 831m)、 比叡山(918m)、丹助岳(736m)など一連の急峰を形成している。

  九州山地を流れる主な河川は、北川・五ヶ瀬川・ 五十鈴川・耳川・小丸川・一ツ瀬川・本庄川などで、いずれも大勢としては北西から南東へ流下し、日向灘に注いでいる。 これらの河川は帯状配列する古期岩層を横断して、山地にV字谷を形成するが、流路は岩質の差によって曲折し、蛇行している。 主として泥質岩からなる神門(みかど)・田代・宇納間(うなま)・坪谷などの 地域では、河川の差別浸食の結果として山間盆地が形成されている。 また五ヶ瀬川上流では、旧谷底を阿蘇火砕流が埋めつくして広い台地を作っている所が多い。 そこでは川が回春して台地を深く刻み込み、回廊状の峡谷を形成している。

(2) 宮 崎 平 野

  宮崎平野は、都農(つの)−綾を結ぶ線で九州山地と境され、 綾−青島を結ぶ線で南那珂山地と境される三角形の地域である。平野とはいうものの、 第三紀の宮崎層群からなる丘陵や更新世に形成された段丘・扇状地が多く、 その高さは平野の北西端で標高約150m、これより日向灘に向かって段階的に低くなっている。

段丘地形は大淀川以北によく発達する。とくに一ツ瀬川以北では茶臼原(160〜120m)・三財原(90〜80m)・ 信田原(70〜60m)・川南原(70〜50m)などの平坦面がよく保存されており、川南原面は海岸まで迫って、 その末端は高さ約50mの海食崖となっている。これらの段丘は河成段丘と海成段丘とが複合したもので、 なかに扇状地性ものものもある。

  九州山地から解放された小丸川・一ツ瀬川・本庄川などの河川は、広域にわたり段丘や扇状地を形成するが、 これらをさらに開析して新たな氾濫原を広げ、沿岸に沖積低地をつくっている。しかし、沖積低地の比較的広い宮崎市周辺でも、 基盤をなす新第三系宮崎層群までの深さは、最も深い所で、50〜60m、一般には20〜30mの場合が多い。

(3) 北部地域の海岸

  北部地域の海岸線は、美々津より北では九州山地が海まで迫り、岬や入江や島が多く、沈水海岸の様相を呈している。

  しかし詳しくみると、延岡−日向間には北川・五ヶ瀬川・五十鈴川・塩見川などの主要河川が流入して 河口部に小規模ながら段丘や三角州、沖積低地を形成しており、延岡市の海岸には砂丘や砂州が、 日向市の海岸には直線的な砂浜がある。延岡−日向間に露出する基盤岩は、 主として古第三紀の四万十累層群上部と新第三紀の尾鈴山酸性岩類である。

  延岡以北の海岸は屈曲の多いリアス式海岸で、急崖が海に臨み、沖合には大小の島々が点在する。 海岸を構成する地層は白亜紀の四万十累層群下部である。流入する大きな河川がないために、 砂浜や沖積低地はごくわずかしかみられない。

  美々津より青島に至る海岸は、約60kmにわたって直線状をなした砂浜海岸で特徴づけられる。 これは耳川・小丸川・一ツ瀬川・大淀川などの大きな河川によって運び込まれた大量の土砂が、 沿岸流と波浪の作用によって集積されて形成されたもので、砂の堆積は沖合数km〜数10kmにまで及んでいる。 これらの河川の河口には砂州ができている。また、高鍋以南の海岸には2〜4列の砂丘が発達している。 砂丘列全体の幅は2.5〜3km、単一の砂丘の幅は最大1km、高さは最高28mに及ぶ。砂丘の内側には後背湿地がみられる。