宮崎県季刊誌「Jaja」じゃじゃ

Jajaバックナンバー

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語り継がれるおっとい田の神

旅する田の神

えびの市南岡松地区に、「おっとい田の神」と呼ばれる田の神さあがある。「おっとい」とは、おっ盗る。つまりたびたびどこかへ持ち去られてきた田の神さあであり、そのせいか、全身を荒縄でくくられている。よその田の神を持ってきてしまう風習は「田の神おっとい」と呼ばれ、広く行われてきた。田の神を持たない集落の人々が、他の場所の田に座っている田の神像を盗みだしてくるわけだが、なるべく実りのよい田のものが選ばれる。

「おっとい」の相談がまとまると、選抜された力自慢の男たちが夜の闇にまぎれて田に侵入し、かつぎだしてしまうのだが、数里も離れた村のものを盗む時には牛車の出動もあったという。田の神さあは盗まれるのを好むといわれる。また、持ち去る際には、礼儀として、田に書き置きをしていく習慣があった。『宮崎の田の神像』にユーモラスな置き手紙が紹介されている。

「この度上水流村の前田殿の堀切り工事が目出たく完成して、立派な開田がなされたと仄聞(そくぶん)する。わたしも一目見たく思う。しばらく見物してくるによって、その間暇(いとま)するので御諒承ありたし。五月吉日 田の神より」

おっとった田の神は三年で返すルールがあり、その頃になると田の神からふたたび手紙が着く。『いついつ帰ってくるから峠で出迎えるように』などというものだ。いわれたとおりに出迎えると、盗んだ村の者たちが総出で田の神を車にのせ、米俵、餅、酒などを添えて返しにやってくる。出会った二つの村の村人たちは、そこで『田の神受け取り』の宴をひらく。

三年の旅を経て、田の神は二つの村をつなぐ仲人のような役割も果たしていたのだろう。なんどもおっとられたという南松岡の田の神さあの前で、宴を楽しむ人々の笑顔が浮かんでくるようだ。

えびの市南岡松の田の神

えびの市南岡松の田の神は、たびたび「おっとい」にあったことから、縄でくくられるようになったという。長い年月の中で、この田の神さあは、さまざまな土地の里人たちに愛されてきたのだろう。