宮崎県グラフ誌「Jaja」じゃじゃ

 

Jajaバックナンバー

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日南・串間 にちなん・くしま

南国のおおらかな雰囲気と 歴史ある風情を併せ持つまち。

飫肥と飫肥城
飫肥と飫肥城/天正16年(1588年)に伊東祐兵(いとうすけたか)が初代藩主となり明治初期までの280年間、伊東氏が治めた飫肥。緑陰に囲まれた大手門は、飫肥城のシンボル的存在。

青島から堀切峠を抜けて、鵜戸神宮、都井岬へと続く海沿いの国道220号は「日南フェニックスロード」と呼ばれ、空と海が美しい有数のドライブコースだ。

昭和30〜40年代にかけて宮崎県が新婚旅行ブームに湧いた頃、若いカップルはバスの車窓からこれらの風景を楽しんだ。時が経った今も、この場所は空と海の青さはそのままに、癒しや旅のロマンをもって、訪れる人を迎えてくれる。

海沿いにそびえるモアイ像が印象的なサンメッセ日南、日向灘の断崖に佇む鵜戸神宮を過ぎると、やがてカツオ・マグロの漁業基地で知られる油津港や目井津港などの漁港が見える。

坂元棚田と幸島の野生サルとサンメッセ日南
写真左)坂元棚田/酒谷地区にある坂元棚田は「日本棚田百選」に選定。毎年4月には棚田一面がレンゲの花で彩られる「棚田まつり」が行われる。 写真中央)幸島の野生サル/串間市・石波海岸の沖合にある幸島には野生猿が棲息しており、海水でイモを洗う猿がいることで知られる。 写真右)サンメッセ日南/日向灘をのぞむ高台にある臨海パーク。世界で唯一イースター島から許可され復刻した7体のモアイ像がそびえ立つ。

さらに美しい海底にサンゴや熱帯魚が暮らす日南海中公園、大海原のパノラマがひろがる都井岬と、海にまつわる様々な物語を奏でながら、延長90?におよぶ日南フェニックスロードの旅は過ぎていく。

日南市を山沿いへ行くと、風景は一転して九州の小京都と呼ばれる飫肥の町並みが見えてくる。伊東氏が280年にわたって治めた飫肥は、五万一千石の城下町。飫肥城内には、大手門や松尾の丸が復元され、周辺では藩校振徳堂、武家屋敷などが往時の姿を伝えている。

サーフポイント
サーフポイント/日南海岸一帯は有数のサーフスポット。太平洋から打ち寄せる安定した波と抜群の水質で、全国のサーファーたちの憧れを集めている。

鵜戸神宮
鵜戸神宮/日向灘が間近に迫る断崖に佇み、本殿は洞窟の中にある全国的にも珍しい造りの神社。ウガヤフキアエズノミコトを祀る。

泰平踊りと藩校振徳堂と海幸・山幸号
写真左)泰平踊り/江戸時代から伝わる郷土舞踊で、300年の歴史がある。 写真中央)藩校振徳堂/儒学者・安井息軒らが教鞭をとり、明治の外交官小村寿太郎らを輩出した。 写真右)海幸・山幸号/飫肥杉をふんだんに利用した、JR日南線の観光特急「海幸山幸」。毎週土曜、日曜と祝日に、宮崎‐南郷間を一往復する。

都井岬とイルカランド
写真左)都井岬/日南海岸国定公園の最南端に位置する都井岬。ソテツが群生する雄大な自然のなか、天然記念物の野性馬・御崎馬がゆったりと草を食む。 写真右)イルカランド/宮崎県・鹿児島県にまたがる志布志湾に面し、イルカと触れ合い遊べる、海をテーマにしたレジャー施設。

 

鵜戸神宮の参道には「剣法発祥之聖地」の碑がある。古くから「西の高野」と呼ばれ、修験道の一大聖地だった鵜戸には各地から修験者が訪れ、海に面する断崖や深い山で修行を行っていた。その中で南北朝時代に念阿弥慈恩(ねんあみじおん)が念流を、室町時代に愛洲移香(あいすいこう)が陰流を創始して、後の多くの剣法の源流になっている。