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海幸彦と山幸彦

海幸彦と山幸彦

瓊々杵尊(ににぎのみこと)と木花開耶姫(このはなのさくやひめ)の子、海幸彦は海の漁を、弟の山幸彦は山の猟をしながら、それぞれ暮らしていた。

ある日、山幸彦は兄に頼んでお互いの持ち場を交代してもらい、釣りに出かけるのだが、魚は釣れず、兄から借りた大切な釣り針をなくしてしまう。

自らの剣をつぶして千本の釣り針を作って差し出しても許しを得られず、途方に暮れていたところに現れた塩土神(しおつちのかみ)の導きで、山幸彦は海の神である綿津見神(わたつみのかみ)の宮を訪れる。よく知られた海幸・山幸の物語だ。山幸彦はここで綿津見神の娘、豊玉姫と出会い、結ばれることになる。

山の神の娘である木花開耶姫と結婚した父の瓊々杵尊に続く、山幸彦の海の神の娘との結婚は、天孫降臨の主題である「葦原中国の平定」に際して、大きな意味をもちそうだ。これで天孫一族は、二代にわたって有力な国津神の娘と結ばれ、海と山の両方に縁が深まったことになる。

海神の宮は現在の青島の近くにあったといわれ、山幸彦と豊玉姫を祭る青島神社は縁結び、海上安全の神様として古くから親しまれている。

山幸彦は潮汐を司る綿津見神にもらった潮満珠(しおみつるたま)と潮干珠(しおひるたま)を使って、兄の海幸彦を降参させる。海幸彦は以降、服従を誓い、隼人族の祖となったという。

日南市北郷町にある潮嶽(うしおだけ)神社は、全国で唯一、海幸彦をまつる神社だ。兄弟争いの時に、満潮にのって船で山の上に着き、ここに宮を構えたことから、潮嶽の名がついたといわれる。

青島神社の元宮と天の平甍投げ
写真左)本殿右手につながる緑のトンネルの奥にある青島神社の元宮は、古代から信仰を思わせる幻想的な雰囲気。 写真右)開運を願って素焼きの皿を投げて割る、天の平甍投げ(青島神社)。

青島神社の海を渡る祭礼と潮嶽獅子舞
写真左)旧暦6月17日、18日に行われる青島神社の海を渡る祭礼は、祭神を御輿に乗せ、海神の宮に送るさまを再現する。 写真右)日本で唯一、海幸彦を祭る潮嶽神社の秋大祭で奉納される潮嶽獅子舞。

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